強いけど勝ちきれない…日本競馬史を彩った愛すべき「善戦マン」といえば? (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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強いけど勝ちきれない…日本競馬史を彩った愛すべき「善戦マン」といえば?

杉山貴宏dot.
2001年12月、香港の引退レースでGI初優勝したステイゴールド。武豊騎手=ロイター

2001年12月、香港の引退レースでGI初優勝したステイゴールド。武豊騎手=ロイター

 突然だが、「ウマ娘 プリティーダービー」というゲームを御存じだろうか。ざっくり説明すると実際の競馬で活躍した名馬たちを美少女化したキャラクターを育成するゲームで、2月のサービス開始からの人気はかなりのもの。ゲームから実際の競馬に関心をもって初めてレースを観戦したという人も多いという。

 その人気ぶりを示したのが、ゲームにも登場して人気を博しているナイスネイチャのバースデードネーション。今年で33歳となるナイスネイチャの誕生日に寄付を募る催しで今年が5回目となるが、300万円の目標金額に対してすでに3000万円以上が集まっているというのだから、ゲームの影響力のすごさが分かろうというものだ。

 もっとも、ナイスネイチャという馬は現役時代から「愛されキャラ」だった。1991年から暮れの大一番、有馬記念で3年連続3着という偉業(?)を達成。ブロンズコレクターとも呼ばれていた。前置きが長くなったが、今回はこのナイスネイチャのような善戦マン(あるいは善戦ウーマン)たちを取り上げてみようと思う。

【名脇役タイプ】

 有馬記念でのナイスネイチャもそうだったが、どんな相手やレースにも関わらず上位には食い込むが、人気以上の番狂わせはしない。そんなシルバーコレクターやブロンズコレクターを語るならば、まずステイゴールドを取り上げるべきだろう。

 97年クラシック組のステイゴールドは翌98年の天皇賞(春)で10番人気ながらメジロブライトの2着と善戦。同年の宝塚記念でも9番人気でサイレンススズカの2着と好走した。さらに天皇賞(秋)も2着、有馬記念では3着とG1で上位には来るが勝つには至らず。99年も宝塚記念を含む重賞3着が4回に天皇賞(秋)では2年連続の2着と、惜しいレースを続けた。

 しかし2000年5月にG2目黒記念で待望の重賞初制覇。翌01年は1月にG2日経新春杯を制すと3月にはドバイ遠征を敢行し、当時G2だったドバイシーマクラシックで名馬ファンタスティックライトを破る大金星を挙げた。そして引退レースとなった同年末の香港ヴァーズでついにG1初勝利を手にしたのだった。

 余談だがステイゴールドの大ファンだった筆者はそのレースを現地で観戦。勝った直後の大興奮は今でも忘れられない。ちなみにこの年は香港マイルをエイシンプレストン、香港カップをアグネスデジタルが勝つという、日本馬にとっては歴史的な日だった。


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