男性は薬物療法からスタートすることになった。ポリカルボフィルカルシウム(便の水分量を調節する薬)と、ロペラミド(便を固形化する薬)を内服し、ある程度は改善したが、3カ月たっても便失禁は十分にはよくならない。

 さらに内肛門括約筋損傷の状態から、骨盤底筋訓練のバイオフィードバック療法も効果があまり見込めないことがわかった。そこで、仙骨神経刺激療法を考慮することになった。

 仙骨神経刺激療法は、直腸や肛門の運動や感覚に関与する仙骨神経を電気的に刺激して、肛門括約筋や直腸の知覚などの機能を回復させる治療法だ。片方のおしりの丸みの少し上の辺りに約40ミリ(高さ)×約50ミリ(幅)×約7ミリ(厚さ)の機器を植え込み、リード線を仙骨神経の近くまで伸ばして仙骨神経に刺激を与える。

 仙骨神経刺激療法は約8割に効果が見込めるという。効果の有無をみるために、1回目の手術でリード線だけを植え込んで、外にある機器から刺激を与え、約2週間、試験装着する。効果があれば2回目の手術をおこなって機器本体を植え込む。効果がみられない場合にはリード線を抜去する。

 男性は1回目の試験手術を受けるつもりでいた。しかしちょうどその頃、テレビで便失禁を解説する番組を見た家族が、男性の便漏れは便失禁という病気の症状であり、けっして男性がだらしないわけではないことを理解した。男性は家族から「一緒に治療していこう」と言われたという。

「この男性は、家族に便失禁が受け入れられたことで、手術を必要とするほど家庭内で困らなくなり、結局、仙骨神経刺激療法は受けませんでした。治療を必要とする便失禁は『社会的・衛生的に問題となる状況で便が漏れる症状』とも表現されますが、家族という小さな社会で病気に対する理解が得られたことで孤立することもなくなり、精神的な余裕もうまれたようです。治療には周囲の理解が大切ですから、このようなケースがあったということは、私たちの便失禁啓発活動の結果とうれしく思っています」(味村医師)

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自分が納得できる状態に近づけていくことが肝心