アフリカ出身・京都精華大サコ学長 コロナ問題でわかった「日本人のホンネ」 (2/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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アフリカ出身・京都精華大サコ学長 コロナ問題でわかった「日本人のホンネ」

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小坂綾子dot.
ウスビ・サコ京都精華大学長(写真=大学提供)

ウスビ・サコ京都精華大学長(写真=大学提供)

―――日本政府や自治体の対応についてご意見をお願いします。

 日本は政府の決断が脆弱で、どこまで責任を持つのかはっきりしないため、国民が迷っています。何かあったときに「お前のせい」と言われることを恐れ、動けない。この不安定な状況は、政府の決断能力と意思決定プロセスに関係しています。

 今の政治家の一部は現場感覚や想像力に欠け、市民生活を考えれば当然必要な休業要請と補償をセットにしていません。ほかの国のように半年間、光熱・水道費や税金をゼロにするなどの有効な方法も取らず、政策がインパクト重視でポピュリズム的と言われても仕方がないでしょう。「いかに有権者にいい顔をしながら期待される決断をするか」という意図だけが伝わってきて、結局は自分たちが損をしない範囲のことしかしないとわかってしまったため、国民の気持ちが離れています。

 問題になった安倍首相が犬を抱いてお茶を飲む動画も、自国民が何百人と感染すれば眠れないほどの悩みになるはずで、国民への気持ちはその程度だと宣言したようなものに思われてしまった。本当に国民を思うなら、自分のクビが飛んでもいいくらいの覚悟で大胆な政策を発表してほしいと、国民は期待しているはずです。

 政府と地方自治体の権限の範囲や意思決定も複雑です。国には、決めたら責任を持たないといけないという意識が働き、自治体は、国より先に勝手に決めると責任を持てないと考える。国の決断を待たずとも責任と強いリーダーシップで決められる権限を地方に与えるべきです。

 興味深いのは、日本人は政治にそれほど関心がないのに政府に依存し、国からの発言を待っていることです。アフリカも政治不信は同じですが、まだギリギリ地域共同体が機能し、地域の動きを政治家が利用してサポートする例が見られます。昔の日本は、京都の地域住民が国に先駆けて小学校をつくるなど共同体の力がありましたが、今は自治会レベルでも国の決断を仰いでいる。共同体が壊れ、相互扶助もできなくなっています。


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