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「ケガがなければ…」日本代表の歴史を変えられた“未完の逸材”たち

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三上凌平dot.
久保竜彦を2006年のワールドカップで見たかったファンは多い (c)朝日新聞社

久保竜彦を2006年のワールドカップで見たかったファンは多い (c)朝日新聞社

 サッカー日本代表が初めてワールドカップに出場した1998年のフランス大会から20年以上の時が経った。中田英寿、本田圭佑など、長きにわたって代表チームの中心選手として存在感を放ったプレイヤーがいる一方、ケガの影響で代表に定着できない選手もいた。

【写真】本田圭佑選手似?の猫はこちら

 これまで6度ワールドカップに出場している日本代表の最高成績はベスト16だが、「あの選手が万全ならば、もっと上に行けたのでは?」と思わせた選手も少なくない。

 そこで今回は、ケガがなければ日本代表の歴史を変えられたであろう、また今後復活して歴史を変えて欲しいプレイヤーを5人選出した。

*  *  *
■久保竜彦

恵まれたスピードに驚異的な跳躍力、日本人離れしたフィジカルに豪快なシュートーー。

まさに“規格外”のストライカーだった。「もし彼がいれば……」の筆頭候補だろう。世界基準の身体能力と技術を持ち合わせていた久保が、度重なるケガに泣かされてしまったことは日本サッカー史に残る悲劇だ。

プロ入り前は無名選手だったが、テストを経てサンフレッチェ広島へ加入すると、2003年に移籍した横浜F・マリノスで大ブレイク。同年のフットボーラー・オブ・ザ・イヤーにも輝いた。日本代表にはジーコ体制で定着し、2006年ワールドカップ予選では3試合2ゴール1アシストと大活躍を見せたが、その後は慢性的な腰のケガに悩まされ、W杯出場は叶わず。代表キャップは「32」にとどまった。

もし彼がケガに泣かされていなかったのであれば、日本サッカー史も変わっていただろう。そういっても過言ではない、名ストライカーだ。


■小野伸二

先日SNSでトラップ動画が大きな話題を呼んだが、まさに“天才”の名声を欲しいままにした男。その才能は海外でも絶賛されており、ウェズレイ・スナイデルやロビン・ファン・ペルシーらオランダ代表のレジェンドたちが、こぞって「最も衝撃を受けた選手」に挙げている。

1999年に主力として日本代表のワールドユース準優勝に貢献。黄金世代をけん引する存在として大きな注目を集め、浦和レッズを経て、2001-02シーズンにオランダの強豪フェイエノールトへ移籍を果たした。名門でレギュラーの座をつかむと、同シーズンにUEFAカップ制覇という快挙も成し遂げている。

フル代表では1998年のフランスW杯で18歳と272日という若さで出場を果たし、2002年日韓W杯では全4試合に出場。史上初のベスト16進出に大きく貢献した。しかし、1999年のシドニー五輪アジア1次予選では悪質なタックルを受け左膝靭帯断裂の大ケガ。2003年頃からは何度も負傷離脱を繰り返すようになるなど、その溢れる才能を完全には発揮できなかった印象が強い。

両足での繊細で正確なタッチ、ピッチを俯瞰で見ているかのような視野、豊かなプレービジョン……。全盛期の彼のレベルに到達できた日本人選手は、未だいないように思われる。



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