彰さんの場合は、その代わりに

「本当に愛しているのは、直美だけだ。それは天地・神に誓って間違いない」

 とおっしゃいます。どういうところが好きなのかを聞くと「美人なところ」、「気が利くこと」、「安心して家庭を任せられるところ」とまさに、ツールとしての妻の機能を列挙されます。

 逆に、夫をATMや人生の保険と思っている女性も少なからずいらっしゃいますが、それも言葉では言いません。直美さんはそれをカモフラージュして、
「子どもには責任がないのに、親が離婚して子どもの生育環境を下げるというのは、子どもに申し訳が立たない」

 とおっしゃいます。

 もちろん、結婚にはそういう現実的な部分が大なり小なりあるのは普通のことだと思いますが、気持ちと現実のどっちが主なのかは大事なポイントです。

 結局、彰さんが直美さんを道具として見ている(部分がある)という側面に焦点を当てると、直美さんはカウンセリングで<いい話ができた>と若干元気になり、彰さんは、自分は妻を愛している、という話に持っていきます。一方、直美さんは彰さんをATMとして見ているところに焦点を当てようとすると、彰さんは「女性に分かれって言っても無理だとは思いますけど」とそのことをもっと妻にわかって欲しいと匂わせ、直美さんは妻子を養うのは当然の義務、と話をすり替えます。

 つまり、お互いに、自分が直面し内省すべきところは話を逸らし、相手には直面し内省して欲しいわけです。自分は変わりたくなくて、相手には変わって欲しいという、なかなか難しい構図です。

 もちろん、そういう隠れた構図から抜け出せる夫婦もいらっしゃいます。しかし、麻薬がダメだということは誰でもわかっているけど、実際にはなぜ自分が麻薬に手を出してしまうのかという本質的な部分にまで直面することが難しく、結果的に再犯率が高い(更生率が低い)のと同じように、なかなか抜け出しにくいのです。

 これは、不倫される方にも問題があるという意味ではありません。パートナーの許せない言動があったとき、できればもっと手前の「あれ?」と感じるような違和感があったとき、「自分はこの人の何に惹かれて、付き合いたい・結婚したいと思ったんだっけ?」「相手は自分の何に惹かれて、自分と付き合いたい・結婚したいと思ったんだろう」と思いめぐらしてみるのは一つのヒントになるかもしれません。付き合うとか、結婚するという行動を引き起こした気持ちのもう一歩深いところに、それぞれにどのようなモチベーションがあったのかわかると、糸がほどけるかもしれません。

 そしてその時、気を付けるべきことは、嫌なことをされているので、「本音はこうに違いない」とどうしてもネガティブに見がちですが、できる限り第三者的に冷静に自分と相手を観察することです。(文/西澤寿樹)

※事例は、事実をもとに再構成してあります

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西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

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