腸内細菌に話を戻しましょう。

 2013年、慶応大学の本田賢也先生らのグループは、腸内細菌の一部が制御性T細胞を増やすことを発見しました。その腸内細菌がクロストリジウム属です。100種類以上あるクロストリジウム属から制御性T細胞を増やす17種類の細菌を見つけました(Nature 500:232-236. <2013>)。

 15年にはアメリカのグループが、ビフィズス菌の一部ががん免疫療法の効果を増強させることを報告しています(Science. 2015 Nov 27;350<6264>:1084-9. )。この研究ではビフィズス菌が、免疫の司令塔の役割を果たす樹状細胞に働きかけ、結果としてキラーT細胞の戦力が高まることがわかりました。

 このほかには、腸内細菌が免疫細胞に影響を与える論文は数多くあり、人間の体に共存している無害の細菌叢と免疫が密接に関わり合うことが証明されつつあります。

 こういった説明を聞いて、さっそくビフィズス菌が含まれるヨーグルトを多く食べて免疫力を高めよう、と考えてしまう人は注意が必要です。

 人間の体はそんなに単純なものではないのです。

 白血球の中にはリンパ球が存在し、その中にキラーT細胞や制御性T細胞がいると先に説明しました。実はこれ以外にも数多くの免疫細胞が存在します。キラーT細胞はCD8陽性T細胞に含まれるのですが、CD4陽性T細胞というのもいて、さらにTh1、 Th2、 Th17細胞に分けられ、最近では自然リンパ球と呼ばれる細胞群も見つかって……。というように、全然シンプルではありません。

 腸内細菌と免疫を絡めた研究の多くは、ネズミの体の中の話であり、遺伝子操作の技術の発展によって特定の細胞の機能を見ることができます。では、人の体で実際にどうかというと全く別です。ネズミであれば治せる病気は数多くありますが、人となると治療に結びつかない発見はザラにあります。

 つまり何が言いたいかというと、「腸内細菌を整えて免疫力を上げる」と書かれた宣伝は全く科学的ではないし、実際にはウソであることがほとんどということです。

 突き詰めて考えると、「免疫力を上げる」という言葉自体が何を意味しているか不明です。「免疫力が高い」状態というものを科学的に定義づけられません。

 前述した「制御性T細胞を減らす」ことが免疫力を上げることとは言い切れず、「がん免疫療法の効果を増強させる」ことは、一部のがんだけに当てはまる内容になります。

 民間療法の宣伝文句として「免疫力を上げる」という言葉が広まってしまい、思考停止している人が多いように感じます。

 現時点でいえることは、腸内細菌と免疫の関係はわかっていないことが多いということ。これらは商業的に流行している言葉であって、その説明が本当であるかは別の話です。

「免疫力を上げる」という言葉を見たら、まずその説明を疑う。それくらいの感覚で医療情報に接してもらいたいと思います。ニセ情報で自分と他人の健康を脅かさないためにも。

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大塚篤司

大塚篤司

大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員、2017年京都大学医学部特定准教授を経て2021年より近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授。皮膚科専門医。アレルギー専門医。がん治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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