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【追悼】「代打で世界一になった男」元阪急・高井保弘の勝負師人生

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澤宮優dot.
1975年8月、ロッテ戦で代打通算19号の世界新記録を放ち生還する高井選手(仙台宮城球場) (C)朝日新聞社

1975年8月、ロッテ戦で代打通算19号の世界新記録を放ち生還する高井選手(仙台宮城球場) (C)朝日新聞社

 通算代打本塁打27本の世界記録を持つ元阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)の高井保弘氏が2019年12月13日、病のために死去した。74歳だった。

【写真】2019年に亡くなったアスリートたち

 高井の代打本塁打数に次ぐのは、元メジャーリーガーのマット・ステアーズの23本で彼はすでに引退しているから、彼の世界一の記録が破られることは当分ないだろう。

 かつては代打といえば控え選手の役割というイメージが強かった。だが彼の活躍で、代打の評価は高まり、今日では「代打の神様」とまで呼ばれる選手が多く出るようになった。

 私が高井に取材したとき、開口一番に語った言葉が忘れられない。

「こと1打席に関して言うなら、代打屋は日本一の4番打者なんや」

 そこに代打に生きた男の矜持が読み取れた。

■オールスター史上初の代打逆転サヨナラ本塁打

 高井を全国の野球ファンに知らしめたのは何といっても、1974年オールスターゲームでの代打逆転サヨナラ本塁打である。

 7月21日に後楽園球場で行われた第1戦は、9回裏を迎えてセ・リーグが2対1とリードしていた。このときパ・リーグの最後の攻撃は1死一塁。ここでパ・リーグの監督の野村克也は代打に高井を指名した。

 代打専門の選手がオールスターゲームに選出されたのも球界では驚きだった。野村は、「高井は長い下積みの苦労を買い、代打ホーマーの新記録もたてている一発の魅力だ」と、監督推薦で選出した理由を語った。

 この年の彼は前半戦で5本の代打本塁打を放ち、うち6月28日に記録した4本目の本塁打は、通算代打本塁打(14本)の日本記録となった。セ・リーグのマウンドにはヤクルトスワローズのエース松岡弘がいた。

 まさに代打男にとってこれ以上にない最高の舞台が用意された。高井の身長は173センチだが、体重は約90キロ、巨漢といえる体格だ。豪放磊落に見えるが、大変緻密な性格も併せ持っていた。彼はオープン戦で松岡と対戦したとき、投球モーションのグラブの位置で球種が変わることを見抜いていた。胸元から高い位置でグラブを組んだらカーブかシュート。グラブの位置が胸よりも下になると速球だった。


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