少し抜粋すると「(ADHDの)治療・支援を考えるうえで重要なことは、治療の標的をADHDの中心症状のみとすることではなく、ADHDの中心症状と関連して生じる有害な影響、例えば度重なる叱責、いじめられ体験、対人関係障害などを最小限に抑え、子どもが本来もっている能力の可能性を開花させ、自己評価あるいは自尊感情を高めることである(引用1)」と述べられています。

 要は「ADHDの主症状を改善することだけを目標にするのではなく、それらをきっかけにして生じうる二次的な問題に発展しないように十分対応しなさい」ということでしょうか。また、これに続いて「心理社会的治療・支援は、薬物治療に先行して行うべき」とされています。

 ADHDによる困難さが本人や養育者に与える苦痛は計り知れないものだと思います。ときに、それらの苦痛は「自分はダメな子だ」あるいは「自分は無力な親だ」といった望ましくない心理的反応につながってしまうかもしれません。そのような心理的な偏りに対し支持的精神療法やペアレントトレーニングなどの技法を用いて未然に修正したり、本人や養育者がより安心して治療に取り組めるように、学校などの周囲の協力者に働きかけて支援環境を整えたりすることが“心理社会的治療・支援”に当たります。

 お薬はADHD治療の主役というより、強度の強い主症状によって深刻化した場合の下支えや心理社会的治療・支援の支障となりうる症状の改善、抑うつ状態など二次障害に対する治療を目的として用いられています(ただし、障害の程度や合併症の存在によって薬物治療が主役にならざるを得ないケースもあります)。

 いったん、ADHDに伴う問題が顕在化すると、状況が自然に好転することは困難となってしまうように感じます。状況は時間とともに複雑化し、そこに関わる本人や支援者の心理状態も修正が難しいものになってしまうかもしれません。このことからも、早期発見・早期介入が重要であるということは、みなさんも理解しうるところではないでしょうか。

 これまでもお話ししたとおり、ADHDを含む発達障害の診療は、特に高い専門性と深い知識を要するものです。本コラムがAさんと似たお悩みをかかえている読者の人にとって、お一人で悩み続けるのではなく、適切な医療につながる一助になることを願っています。

【参考図書】
『発達障害 診断と治療のABC』、神尾陽子、最新医学社、2018年1月1日発行

【引用】
1. 太田ら、「ADHDの治療・支援」、参考図書p166-172

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大石賢吾

大石賢吾

大石賢吾(おおいし・けんご)/1982年生まれ。長崎県出身。医師・医学博士。カリフォルニア大学分子生物学卒業・千葉大学医学部卒業を経て、現在千葉大学精神神経科特任助教・同大学病院産業医。学会の委員会等で活躍する一方、地域のクリニックでも診療に従事。患者が抱える問題によって家族も困っているケースを多く経験。とくに注目度の高い「認知症」「発達障害」を中心に、相談に答える形でコラムを執筆中。趣味はラグビー。Twitterは@OishiKengo

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