美少女・宮沢りえを「大女優」にした男はだれだったのか? (2/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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美少女・宮沢りえを「大女優」にした男はだれだったのか?

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バラエティーでも才能を発揮した宮沢りえ (c)朝日新聞社

バラエティーでも才能を発揮した宮沢りえ (c)朝日新聞社

■「りえママ」との関係

 その転機のひとつは、いうまでもなく、この破局だ。しかし、もうひとつある。3年後の「激やせ」騒動である。これも、最大の注目を浴びたのは10月のことだった。ゴルフイベントに参加して、途中で上着を脱いだりしたところ、半年ほど前から指摘されていた体型の変化が想像以上だったことに、世間は大いに驚かされた。拒食症ではないかとも報じられ、その背景などについてさまざまな推測が行なわれたものだ。

 なかでも盛んに取り沙汰されたのが「りえママ」こと母・光子との関係だ。そのステージママぶりは、娘の売り出しはもとより、破局にも影響したとされる。その濃すぎる関係性による自立への葛藤が激やせをもたらしたのだと、専門家も分析した。ゴルフイベントでのか細くきゃしゃな姿について、ある女性週刊誌は「まるでマリオネット」という見出しをつけたが、そこにはそれまでのりえが「母親のあやつり人形」みたいだったという暗喩も含まれていたのだろう。

 そして、こうした挫折は別の大スターのことも思い出させた。美空ひばりだ。りえが「平成のヴィーナス」になるのと入れ替わるように世を去った「昭和の歌姫」にも有名なステージママがいて、小林旭との破局にも関わったとされる。そんな共通点もあって、挫折はりえに、それまでなかったスターの悲劇的イメージを加えたのである。

 そのかわり、それまでの「元気でセクシーなアイドル」というイメージは脱ぎ捨てられることとなった。じつはこれこそが「女優」であるためには邪魔だったのだ。破局と激やせは彼女のイメージをリセットしたともいえる。

■時代劇に活路を見いだす

 そこに、彼女を「女優」にしたい人々が現われる。それでなくとも、若い女性スターが失恋して激やせすれば、世間は気の毒に感じ、同性は共感したりするものだが、男性のなかには「不幸萌え」をする人がいるのだ。

 貴乃花のあと、中村勘三郎(当時は勘九郎)と不倫を報じられるなど、もともとオジサン系には人気があったが、95年には倉本聰が「北の国から」のゲストヒロインに起用。元セクシー女優の役で、露天風呂にも入ったりした。また、伊集院静は96年に雑誌『Bart』で対談するため、わざわざ渡米。休養とメディア対策を兼ねてロサンゼルスに滞在していたりえを訪ねた。


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