そこまで馴染んでしまっている加藤以外に、誰がサザエさんをできるのか。人気アニメの主役が替わることは時々あるとはいえ、ちょっと想像がつかない。「ドラえもん」のように、他のキャストも一気に若返らせることで作品そのものをリニューアルしてしまうとか、「ルパン三世」のように、ものまねの達人に引き継がせるとか、やり方はいろいろあっても「サザエさん」には向かないように感じられる。

 そんな「Xデー」も気になるが、じつは高齢化というのは声優陣だけの問題ではない。脚本のツートップというべき雪室俊一と城山昇もまた、それぞれ78歳と79歳になり、手がける頻度が下がりつつある。今年9月に出版された『アニメサザエさん実況』(あさひが丘サザエ実況同好会)によれば、11年にはふたりで約9割の本数を手がけていたが、昨年には6割ちょっとの本数まで低下しているという。

 また、同書によれば、雪室は「波野イクラ」や「花沢花子」「堀川」といった脇役キャラを生んだり育ててきたりした人。各週の1本目を任されることも多い。一方、城山は原作4コマの取り入れ方に長け「あしたは七草」「高嶺のマツタケ」といった歳時記ネタを得意としている。いわば、古さと新しさとが混在する「サザエさん」独特の物語世界を担ってきた両輪だ。

■存在そのものが奇跡のようなもの

 しかし、その「混在」ぶりを嫌がる人もいる。言い換えれば、作品そのものの高齢化を問題視する人だ。じつは「サザエさん」を終わらせようとする敵は少なくない。働き方評論家の常見陽平は2年前、東芝のスポンサー撤退発表を機に、打ち切りを提唱した。

「そもそも、家族の枠組みが変わりつつある中、昭和の憧憬時代劇を流されても困るのである。(略)もし番組を続けたとしても、娘には『サザエさん』は見せない。彼女は21世紀を生きるのだから。昭和ノスタルジー時代劇に終止符を!」

 たしかに「サザエさん」はもはや時代劇かもしれない。ときには携帯電話やデジタルカメラも出てくるが、磯野家の廊下には今も黒電話があるし、波平が勤める会社にはパソコンもなかったりする。そんな舞台装置でないと、描けないものがあるのだ。家族関係しかり、男女関係しかり、会社やご近所のつきあいしかり、現代では希薄になったつながりや価値観がベースにあるからこそ、独特のほのぼのとした泣き笑いを令和の「お茶の間」に届けられるのである。

 そのあたりが時代錯誤だとか、いびつだとか、外国人にはウケないだとか言われるゆえんだが、フィクションが現実に合わせる必要はない。グローバリズムやポリコレ、フェミニズムといった、ともすれば表現を狭めてしまうものからそこそこ自由なことも「サザエさん」の味であり、魅力なのだから。

 だいたい、何代もの声優が役を受け継いでいくアニメ自体、ひとつの奇跡ではなかろうか。それは風雪に堪え、花を咲かせ続ける桜の老木にも似ている。それこそ、樹齢半世紀を誇るテレビ版天然記念物として、末永く愛でていきたいものだ。

宝泉薫(ほうせん・かおる)/1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など。

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宝泉薫

1964年生まれ。早稲田大学第一文学部除籍後、ミニコミ誌『よい子の歌謡曲』発行人を経て『週刊明星』『宝島30』『テレビブロス』などに執筆する。著書に『平成の死 追悼は生きる糧』『平成「一発屋」見聞録』『文春ムック あのアイドルがなぜヌードに』など

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