人は頑張って自分の居場所をつくろうとするのですが、辛いのは、結婚してつくった家が、ほっとできる場所ではなくなってしまうことです。

 純司さん(仮名、50代・自営業)は、なにかにつけ妻の直子さん(仮名、40代・自営業)のペースで、家にいても落ち着きません。ほぼすべてのことが妻主導で決まっていきます。どんな家具や家電を買うかやその配置、食器の洗い方や洗濯物のたたみ方……そんな話をしていて気づきました。もっとも大きなことは、住む場所です。妻とその母親はまさに“一卵性母娘”で、当然のことのように妻は実家のそばに家を買って住むことを主張し、結果的に、その通りになりました。もちろん、今後の育児などを考えれば、妻の職住近接や妻の実家の近くに住むことが有益なことは分かりますから、納得して決断したつもりでした。

 しかし、毎日の通勤が2時間を超えて、10時ごろ疲れて家に帰ってみると、妻は実家でご飯を食べて、飲んでそのまま実家に泊まってしまうということもままあります。そんな生活なので、子どもをつくることも事実上諦めてしまいました。

 実家近くに引越して3年ほどたったある日、帰りの電車の中で、「自分は何をやっているんだろう」、という思いが、降ってきた、と言います。以後それは、ぬぐい切れない思いとしてありつつも、普通に日常生活をしていたつもりなのですが、次第に通勤がきつくなって、自宅に帰るのが憂鬱で、夜になると仕事の効率がガタ落ちし、結果終電ごろまでだらだら仕事をするようになってしまいました。そんなある日、終電に乗り過ごしてしまい、仕方なく会社の来客用のソファで仮眠をとりました。

 翌朝、気持ちがいつもより楽なことに気づきました。そして、純司さんの言葉によれば「自分は強迫観念に取りつかれたように『帰らなくは』と思っていた」と気づいたそうです。結局、純司さんは、職場そばに小さな部屋を借りて寝泊まりし、週末しか家に帰らなくなりました。

 純司さんは言いました。

「大学生の時に住んでいたワンルームマンションと変わらないかそれ以下ですけど、ここに帰るとほっとできるんです。自分の居場所だな、って感じるんです」

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2世帯住宅で居場所を失ったのは夫のほうだった