8点差からの逆転サヨナラゲームは、それまでの地方大会の決勝では最多点差だった(c)朝日新聞社
8点差からの逆転サヨナラゲームは、それまでの地方大会の決勝では最多点差だった(c)朝日新聞社
当時の試合について語ってくれた佐竹海音さん。「耐えて勝つ」という言葉は、あの試合から学んだ教訓だ。
当時の試合について語ってくれた佐竹海音さん。「耐えて勝つ」という言葉は、あの試合から学んだ教訓だ。

 2014年夏、高校野球石川大会の決勝。0対8。星稜は小松大谷に大量リードを許していた。九回裏、8点差を追いあげるまでに許されたアウトはわずか3つ。決勝でなければ7回で試合が終わっている。

【当時について語ってくれた佐竹海音さん】

 バッターボックスに立った星稜の二番・村中健哉は、打席で笑っていた。それも満面の笑みで。一方、小松大谷のマウンド上、山下亜文(現読売ジャイアンツ)の表情は険しい。一体どうなっているのか――。星稜の五番打者・佐竹海音(22)はその時の状況をこう話す。

「点差も点差だったので、みんな開き直っていました。監督も『ダメかもしれないと思った』と試合後に話していましたが、チームスローガンは『必笑(ひっしょう)』。最後だからみんなで楽しもうと声をかけあっていました」

 これが功を奏したのか、それまで硬さのあった選手たちに余裕が生まれたという。ベンチからは「いけるいける!」「ホームラン9本で逆転や」と前向きな言葉が飛び交っていた。対照的に小松大谷の選手たちには、「甲子園まであと一歩」というプレッシャーがのしかかった。

 村中はストレートの四球を選んだ。続く代打の今村春輝は高めの緩いカーブを捉え、右中間を大きく破る適時三塁打。ようやく1点を返し1対8。まだ7点差だ。それでも今村は三塁上で大きく右こぶしを突き上げた。続く四番・村上千馬も適時打を放ち2対8。一塁側スタンドはこの日一番の盛り上がりを見せ、前出の佐竹に打席がまわる。

 そんななか、八回まで星稜打線を完璧に封じていた小松大谷マウンド上の山下の様子がおかしい。佐竹も異変に気付いていた。

「前の回から脚をつっているように見えました」

 1ボール1ストライクとなったところで山下は降板。両足をつってしまった山下は自ら申し出たという。

 「打席の途中で投手が変わるのは嫌でした」

 2番手投手が木村幸四郎に変わると、追い込まれてからの5球目のスライダーに空振り。三振と思われたが、ボールがベース付近でバウンドし、捕手が後逸。石川県立球場は、他球場に比べ本塁後方のファウルゾーンが広い。佐竹は難なく振り逃げに成功。ボールが点々としている間にそのまま二塁まで進塁した。

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相手チームは呆然としていた