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プロレスの華 強烈すぎる「外国人タッグ」を覚えているか?

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山岡則夫dot.
強烈な印象を残した「殺人魚雷コンビ」(写真はイメージ/Gettyimages)

強烈な印象を残した「殺人魚雷コンビ」(写真はイメージ/Gettyimages)

 プロレスには代々、強烈な外国人タッグチームが存在する。

 スタン・ハンセン&ブルーザー・ブロディの「超獣コンビ」、ホーク&アニマルの「ロード・ウォリアーズ」……。次期シリーズ参戦が発表されるだけでワクワクしたものだ。

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 その中でテリー・ゴディとスティーブ・ウィリアムスの「殺人魚雷コンビ」も忘れられない名タッグチームだった。そして他スポーツへ与えた影響も大きい。

――全米を代表する実力者「人間魚雷」。

 規格外れのスケール感から「人間魚雷」と呼ばれた。

 ゴディはもともと、マイケル・ヘイズ、バディ・ロバーツらとユニット「ファビュラス・フリーバーズ」で70年代末から米国で活躍。多くの団体で結果を残し、米国を代表するユニットとして記憶に残る。

 83年に初来日し全日本参戦。当初はハンセンとタッグを組み、88年に世界タッグ王座獲得、同年の世界最強タッグ決定リーグ戦を制した。

 強烈な角度のパワーボムが必殺技でタッグだけでなくシングルでも結果を残す。 90年6月にはジャンボ鶴田を破り、史上初の三冠王者となった。

「あの大きな身体で器用な選手だった」と対戦経験ある川田利明もうなるほどの実力者だった。

――身体能力の高さは突出していた「ドクター・デス」

 一撃必殺の特徴からついた名前は「ドクター・デス(殺人医師)」

 ウィリアムスはオクラホマ大時代からアメフト、レスリング選手で有名なアスリート。今で言う二刀流である。相手選手を肩に乗せたままコーナ対角に走り、そのまま背中から落とす「オクラホマ・スタンピード」を得意にしていた。

 86年7月に初来日、新日本参戦も当時は評価が高くなかった。逆に本国帰国中はロード・ウォリアーズからNWA世界タッグ王座奪取など、実績を重ね全日本参戦となった。

 ゴディ同様シングルでも超一流。アマレス仕込みのグラウンドテク。「デンジャラス」と言われた急角度バックドロップで、タイトル戦線に絡み続けた。

「年上だけど、当時の外国人選手の中では同期のような感じだった」と互いにリスペクトしながら名勝負を重ねた小橋建太は語っていた。


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