息子さんに言ってあげて下さい。大切なことは、自分の生き方に納得できるかどうかだと。

 25歳や30歳で俳優をやめていく人達をたくさん見てきました。その表情は二種類に分かれていました。

 10年間の活動に悔いはないと、悔しいけれど充実した顔でやめていくタイプと、10年間後悔しかない、なんでもっと努力しなかったんだと落ち込みながらやめていくタイプです。そうなったら、自分の大切な10年間を否定することになります。それはあまりにも悲しい。

 エイ助さん。過剰に反対するわけでも過剰に応援するわけでもなく、ただ、少し離れて、見ないふりして見ているのがいいと思います。過剰に反対していると、「親とどう戦おう」ということしか子供は考えられません。過剰に期待していると「親の期待に応えられるだろうか」しか考えられなくなります。

 見ないふりして見ていたら、息子さんは自分の頭で「就職をしないで俳優の道に進むことはどういうことか」をじっくりと考えられるようになるでしょう。どんな結果になろうと、自分で考えた結果なら、受け入れられるはずです。

 俳優は失業を前提とした職業です。それは、どんなに有名になっても、テレビ的にブレイクしても同じです。

 バイトなら、「コンビニがダメなら居酒屋、それがダメなら、テレアポ。それがダメなら、事務」とお金を稼ぐという意味でたくさんの選択肢があります。

 でも、俳優は、俳優の仕事しかできないのです。ぶっちゃけて言えば、「声がかかってなんぼ」の商売です。そもそも、不安定なのです。その不安定さに耐えうる人だけが、俳優を目指すこと、続けることが可能なのです。

 ちなみに僕は、「俳優になろうと思うんです」と言われると、「やめた方がいい」と答えます。それでへこんでしまうような人は、そもそも、俳優を目指すエネルギーも続ける気迫もないと思っているからです。

 死に物狂いの気力とか荒れ狂うガッツとかがないと、プロの俳優という山は登れないのです。残念ですが、頂上まで簡単に運んでくれる魔法の絨毯はないのです。

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鴻上尚史

鴻上尚史

鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)/作家・演出家。1958年、愛媛県生まれ。早稲田大学卒。在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。94年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞、2010年「グローブ・ジャングル」で読売文学賞戯曲賞。現在は、「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に脚本、演出を手掛ける。近著に『「空気」を読んでも従わない~生き苦しさからラクになる 』(岩波ジュニア新書)、『ドン・キホーテ走る』(論創社)、また本連載を書籍にした『鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』がある。Twitter(@KOKAMIShoji)も随時更新中

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