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難治がんの記者 容態急変、「書こう」で意識を取り戻す

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は闘病中

 うまくいかなかった2度の手術。「もう完全に治ることはない」と医師は言った。「1年後の生存率1割」を覚悟して始まったがん患者の暮らしは3年目。46歳の今、思うことは……。2016年にがんの疑いを指摘された朝日新聞の野上祐記者の連載「書かずに死ねるか」。今回は、突然の異変とその時に野上記者が取った行動について。

*  *  *
 異変は突然現れた。12月3日早朝、起き抜けに嘔吐するやいなや、急に体に力が入らなくなった。どこかに吸い寄せられるような、吸い上げられるような不思議な感じがした。意識と力の拠り所が見つからない。「もうダメだ」と観念した。いつの間にか、看護師が大勢来て、忙しく飛び回っていた。「家族を呼んでくれ」と頼んだ。

 処置されている間中、看護師や医師に「質問してくれ」と何度も頼んだ。何か質問され、答えようとするたびに頭を使って意識が整理される。なぜこのようなことをお願いしているのか、その理由も説明した。理由を説明しないと、奇妙なことを言い出した、と片づけられてしまいかねないからだ。それと同じように、体のどこかをつねるように頼んだ。それも、つねられれば、そこに意識がうまれるからだ。これも同じように理由は説明した。


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