■ハリウッド映画1本分の予算

 日本でもドキュメンタリー作品は人気ジャンルのひとつだが、犯罪ものとなると制約が多く、コンプライアンスも厳しいため、このような作品を国内で作ることは不可能に近い。昨年、「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ系)で北九州連続監禁殺人事件の加害者の息子に焦点を当てた『人殺しの息子と呼ばれて』がオンエアされたとき、日曜日の午後2時の時間帯にもかかわらず異例の視聴率10%を記録したが、それでも息子の顔はもちろん、声ですら特定できないよう加工されていた。それが日本のドキュメンタリーの限界ということなのだろうか。現状、日本の地上波ドキュメンタリーは、ホストやワケあり外国人、崖っぷちアイドルなど取り上げるネタがルーチン化している印象を受けるが、それは関係者や周辺取材の許可が取りやすいからだ。実際、ドキュメンタリー番組では「撮影したあとに『あれを使わないでくれ』と連絡してくる関係者も多い」(同)と言う。

 自身も「邪悪な天才~」を見たという、映画ライターのよしひろまさみち氏は、ネットフリックスなど定額有料の動画配信サービスでは、オリジナル映画・ドラマと並び、オリジナルドキュメンタリーにも良作が多いと言う。

「ネットフリックス全体で言えば、オリジナルと他社のライセンス作品の両方が混在していますが、ドキュメンタリーに関してはオリジナルが多めです。『邪悪な天才~』や『アイ・アム・ア・キラー』のような事件実録モノから、『世界の危険な刑務所』『アジアに潜む危険静物』のような潜入モノ、人物モノ、カルチャー系、フード系など、幅広いジャンルを網羅しています。そのどれもがお金と時間をかけて密着取材しており、掘り下げ方もハンパない。これは、地上波や従来のドキュメンタリー映画のバジェットではできません。いわば、中規模くらいハリウッド映画1本分の予算がないとできないことです。日本でも地上波各局も予算も少ない中、かなりいいクオリティーの作品を撮っていますが、予算の大きさにはかないません。また、ネットフリックスのドキュメンタリーの場合、数エピソードに分かれているのでテレビドラマを観る感覚で1テーマづつ見ることができるので入っていきやすい。今年のアカデミー賞・長編ドキュメンタリー賞では、ネットフリックス配信の『イカロス』が受賞しました。今後も力を入れていくはずで、良質な作品をたくさん出てくるでしょう」

 ちなみにネットフリックスのオリジナルドキュメンタリーで「邪悪な天才~」と並んでよしひろ氏がオススメするのは、冤罪事件をテーマにした「Making a Murderer 殺人者への道」だとか。

「この作品がすごいのは、警察権力のすさまじい執念と、犯人とされる人物への密着によって浮かび上がるアメリカ社会の闇が、すごくわかりやすく描かれていること。本当に地獄ですよ。日本も冤罪事件がたくさんありますが、この作品を見ると人ごとじゃないと思ってしまう。ちなみに、こういう実録ものにしては珍しく、シーズン2の配信が開始しました。シーズン2に続いた理由は、シーズン1を最後まで見ればわかります。殺人者や犯罪者って本当に存在するんじゃなくて、もしかして、権力とマスコミによって作られるものではと考えさせられますね」

 息苦しい日本のエンタメ業界において、どこまでも自由闊達に真実を究明した「邪悪な天才~」話題をさらったのは、ある意味当然の結果なのかもしれない。今後、日本国内の社会問題をテーマにした硬派なオリジナルドキュメンタリーも登場してくるかもしれない。(ライター・藤原三星)

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藤原三星

藤原三星

ドラマ評論家・芸能ウェブライター。エンタメ業界に潜伏し、独自の人脈で半歩踏み込んだ芸能記事を書き続ける。『NEWSポストセブン』『Business Journal』などでも執筆中。

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