ヒロミ (c)朝日新聞社
ヒロミ (c)朝日新聞社

■復帰のきっかけは「奥さんについて語ってほしい」

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 バラエティー界で今、MCとして引く手あまたなのが有吉弘行(44)と坂上忍(51)だ。この2人には「一度、芸能界から消えた」という共通点があることでも知られているが、もうひとり、同じ共通点を持ち、かつ破竹の勢いでバラエティー界を席巻しつつある人物がいる。ヒロミ(53)だ。

 1986年にお笑いトリオ「B21スペシャル」を結成し、ヒロミはリーダーに。当時の様子について、お笑い評論家のラリー遠田氏はこう説明する。

「当時、お笑い界の立ち位置としてB21スペシャルはとんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウン、ダチョウ倶楽部などの『お笑い第三世代』とあたる世代になります。3人とも見た目が良く、DCブランドに身を包んでおしゃれなイメージでした。下積み時代は六本木の『バナナパワー』というショーパブで酔客を相手にコントを披露して、腕を磨いていました」

 90年代になると大ブレイク。数々の冠番組を持つようになり、番組共演がきっかけて1993年にはアイドルだった松本伊代(53)と結婚。最盛期には12本ものレギュラー番組を持ち、順風満帆だったかに見えたが、2000年代から徐々に失速。一説には「2004年に『発掘!あるある大事典』で共演していた堺正章との軋轢で番組を降板させられ、芸能界からも干された」と言われてきたが、真相はどうやら違うらしい。当時のヒロミをよく知る民放バラエティー制作スタッフが明かす。

「ヒロミさんが芸能界を引退した理由として『堺正章さんと揉めた説』はいまだ根強いですが、実際は『発掘!あるある大事典』のスタッフと揉めて、『だったら俺、やめてもいいよ』と自ら番組を去ったと本人が明かしています。その後、親友だった放送作家の死や、自分がMCではなくゲスト出演する際にうまく立ち回れないなどの理由から限界を感じて芸能活動を休止したそうです。以降、加圧ジムの経営など実業家として年収3億円ほどあったとも言われてますが、2014年頃から突如として芸能界に復帰。きっかけは、ある番組で『奥さんについて語ってほしい』とのオファーが来た際に、ずっとバラエティー出演を断っていたヒロミさんが、『ママのためならちょっとやってみるか』と10年ぶりに出演したことだと聞いています」

 ある種“気まぐれ”とも思える復帰たった4年で、今や4本のMC番組と多くの準レギュラーを抱え、自身の最盛期の迫るほどの売れっ子タレントに。先日、ウエンツ瑛士(34)がロンドン留学のため「火曜サプライズ」(日本テレビ)の降板と、新MCとしてヒロミの名前が発表され話題となった。10年間のブランクを感じさせない、安定した仕切りはテレビ関係者からも大好評のようだ。バラエティー界で活躍する放送作家はこう語る。

「いま、バラエティー界では有吉さんと坂上さんの取り合い状態が続いていますが、ヒロミさんは『第三の刺客』として名前が出ることが多い。MCだけでなく、ロケもうまいしコメント力も抜群。ブランクがあるとはいえ、テレビキャリアが長いため、スタッフ側も安心して任せられます。ヒロミさんが復帰を決めた背景には、息子さんに『将来、有吉みたいになりたい』と言われ、『俺がいるのに有吉なのか?』とムカついたと同時に『今、また毒舌ブームが来てるなら俺にも勝機があるか……』と確信したそうです。自然体でいるようでいて、そんな戦略家という側面もありますね」

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藤原三星

藤原三星

ドラマ評論家・芸能ウェブライター。エンタメ業界に潜伏し、独自の人脈で半歩踏み込んだ芸能記事を書き続ける。『NEWSポストセブン』『Business Journal』などでも執筆中。

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男性アイドルや後輩芸人、大御所タレントとの縁