ボール奪取能力は高くないかもしれない。しかし極小なエリアで局面打開できる技術は群を抜いているし、先のロシアワールドカップでは守勢に回った際のブロック形成でも尽力し、相手攻撃陣を危険なエリアに侵入させないフィルター役にもなった。そもそも今のドルトムントの中盤は能力が偏っていて、例えばヴィツェルとディレイニーの2枚でも十分インターセプション(ボール奪取)の役割は果たせるはずだ。つまり、現状のシステムに香川を当てはめても十分に指揮官の戦術が実践できる上に、攻撃面の促進も図れる。ただし、香川と同タイプのライバルとして現状ではドイツ代表MFのマリオ・ゲッツェもベンチに控えており、当面の香川はゲッツェと共に指揮官にアピールする立場となるだろう。

 それでも、ハノーファー戦におけるドルトムントの低調ぶりは香川にとってチャンスと見るべきだ。約2週間の国際Aマッチウィークの中で、今回日本代表への招集を見送られた香川はチーム練習に加わり順応する時間的余地も得た。リーグ再開後のドルトムントは9月14日にブンデスリーガ第3節のフランクフルト戦を戦い、中3日の18日にUEFAチャンピオンズリーグ・グループステージ第1節・クラブ・ブルージュ(ベルギー)とのアウェー戦に臨む。ファブレ監督は「これからクリスマスにかけて、週に2試合行う事も多々ある。すべての選手が重要だ」と述べており、何らかのてこ入れを行う可能性は十分にある。

 これまで、ドルトムントの香川は幾多の苦難を経ながら、その都度困難を克服し、その存在を知らしめ、クラブ、そしてサポーターの信任を得てきた。

 アウェー・ハノーファー戦の試合前。最寄りの駅からハノーファーのホームスタジアムである『AWDアレーナ』へ向かっていると、眼前に黄色いユニホームを着たひとりの男性の姿が見えた。彼の背には7番と書かれている。今季はジェイドン・サンチョの背番号だ。しかし、そのユニホームは少し汚れていてデザインも古く、肩には『KAGAWA』という文字が刻まれていた。それは2014-2015シーズンに、香川がマンチェスター・ユナイテッドからドルトムントへレンタルで帰還したときに1年だけ付けた、7番のユニホームだった。

 寂しいことに、ドイツ・ブンデスリーガを取材していて、現地サポーターが日本人選手のユニホームを着ている姿をほとんど見たことがない。それだけに、このときは感傷的な思いとともに、改めて、いかに香川がドルトムントのサポーターから愛されているかを知った。

 男性の横を通り過ぎようとすると、彼は私を見つけて柔和にほほ笑み、大きく右手を上げてくれた。

 ドルトムントで精魂を注ぐ。今夏の移籍マーケットが終了した今、香川には意義深く、ふさわしい舞台が用意されている。(文・島崎英純)