難治がん患者として生きる自分を導く、言葉の「ニンジン」とは (2/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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難治がん患者として生きる自分を導く、言葉の「ニンジン」とは

連載「書かずに死ねるか――「難治がん」と闘う記者」

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野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

野上祐(のがみ・ゆう)/1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた2016年1月、がんの疑いを指摘され、翌月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中

強風にも負けず、24日朝に花開いたアサガオ。読売新聞の記者だった知り合いにもらった苗を、配偶者が庭先に植えた

強風にも負けず、24日朝に花開いたアサガオ。読売新聞の記者だった知り合いにもらった苗を、配偶者が庭先に植えた

「1日いちにちをできるだけ充実させていけば、例えば一生の幸せが100分の60くらいだったものが、生きる日数が短くなったとしても、1日あたりの幸せを10分の8とか10分の9くらいにできるのではないか。死を意識するからこそ、自分の心の奥を掘り下げて、考えたり書いたりできる。最大限満足した1日を終えることを重ねていきたい」

 100分の60は10分の6だ。分母をそろえれば、1日あたりの幸せは長生きするよりも大きくなる、という理屈だ。長く生きれば幸せだけでなく、つらさや苦しみも積み重なっていく。「長生き=幸せ」とは限らないと感じている人が多いのか、何人かの知り合いから「なるほどと思った」といった感想が寄せられた。

 では、どうすれば幸せは増すのか。具体的に考えたことはなかった。しかし、毎週、自分の名前でコラムを書き、引用するのは気恥ずかしいようなコメントがSNSを通じて寄せられる。知り合いに目を転じれば、周りを犠牲にして「10分の6」程度の幸せを守るのにきゅうきゅうとしている人もいるように見えて、我が身の幸せを実感した。

 分数は10分の1、2、3……といった具合に、目盛りを意識しやすい数字だ。おかげで、外食のメニュー選びといったささいなことまで、「幸せ」の積み増しに貢献するようになる。近づく死を意識しようと心がけつつも、無自覚に過ごしていた時間。それを味わい尽くそうとするのに役立った。

 それだけの功労者のことを、知り合いに指摘されるまで忘れていたのは、解せない。記憶をたどると、テレビ出演後としかわからない時期のある情景が思い浮かぶ。

 一つは、病院で抗がん剤の点滴後、先輩記者と雑談に興じた帰り道だ。自宅に向かうタクシーが首都高速の東京・上野に差しかかったあたりで、後ろに流れていく風景を眺めながら、ふと「幸せだな」という思いがこみ上げてきた。思いはふだん以上に強く、なぜか涙がにじんだ。



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