帰国子女の娘がクラスで浮いた存在に… 鴻上尚史が答えた戦略とは? (3/7) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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帰国子女の娘がクラスで浮いた存在に… 鴻上尚史が答えた戦略とは?

連載「鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい『世間』を楽に生きる処方箋」

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 誤解を恐れず言えば、「同調圧力が強く」「自尊意識が低い」からこそ、特攻という作戦は成立したのです。

 悲劇的なのは、初期の特攻に選ばれたパイロットは、みんな、ベテランだったことです。みんな、高い自尊意識を持っていました。

 殉職者まで出る激しい訓練をくり返す彼らに、「急降下爆撃」ではなく、体当たりしろという命令は、彼らのプライドを激しく傷つけました。

 海軍の1回目の特攻隊の隊長は、新聞記者と二人っきりになった時に「日本もお終いだよ。ぼくのような優秀なパイロットを殺すなんて」と語ります。

 けれど、同調圧力の強い日本で、軍隊という一番同調圧力の強い組織の命令に従い、体当たりしました。

 陸軍の1回目のパイロットは、9回出撃して9回帰ってきます。帰るたびに、「次は必ず死んでこい!」「(空母や戦艦じゃなくて)どんな船でもいいから体当たりしろ!」とののしられましたが生還しました。21歳の佐々木友次(ささきともじ)伍長でした。

 僕は、92歳まで生きた佐々木さんに会ってインタビューしたのですが、それはまた別の話。

 さて、フォトグラファーさん。なぜ、僕がこんな話をえんえんとしたかというと、娘さんが直面し、苦しんでいるのは、「日本そのもの」だということなのです。

それも、軍隊がなくなった日本で、学校という一番同調圧力が強い組織で苦しんでいるということなのです。

 70年以上前の特攻の例を出しましたが、日本はまるで変わっていません。日大アメフト部の事件の時、監督は「学生が勝手にやった」と言い、学生が「命令だった」とコメントしました。その後、命令じゃなかったのかと監督が責められたら、どうも学生と監督の間に「乖離(かいり)があった」と言いました。これなんか、特攻が「志願」だったか「命令」だったかで戦後になって言い分が真っ向から違っていた事実と瓜二つです。僕は目眩(めまい)しながら笑ってしまいました。

 フォトグラファーである旦那さんが「人目なんて気にせずにおまえらしく好きな服を着ていけばいい。同調してつまらない人間になるな」と言う気持ちもよく分かります。フォトグラファーという職業は、教師やサラリーマンに比べて、はるかに同調圧力が低いのです。


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