ブレーク中の長嶋一茂、人気の秘密は天然ボケでなく、浮世離れした「悟ってる感」 (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

ブレーク中の長嶋一茂、人気の秘密は天然ボケでなく、浮世離れした「悟ってる感」

連載「道理で笑える ラリー遠田」

このエントリーをはてなブックマークに追加
ラリー遠田dot.#ラリー遠田
長島一茂と、父・茂雄 (c)朝日新聞社

長島一茂と、父・茂雄 (c)朝日新聞社

 その後、一茂が野球を再開したのは高校に入ってからだった。読売ジャイアンツの監督だった茂雄が成績不振を理由に突然解任されたことに憤り、父の敵討ちをするためにプロ入りを決意したのだ。
 
 中学時代のブランクを埋めるため、一茂は必死で練習を重ね、何とかレギュラーの座をつかんだ。父と同じ立教大学に進み、そこでも野球に打ち込み、念願のプロ入りを果たした。
 
 しかし、プロの壁は厚かった。満足の行く成績を残せないまま、最後には父が監督を務めるジャイアンツで戦力外通告を受け、引退を余儀なくされた。
 
 夢に破れた一茂は絶望に陥り、極度のストレスから自律神経失調症に悩まされるようになった。たびたび過呼吸に陥り、飛行機に乗るたびにパニック障害を発症していた。
 
 そんな出口の見えない日々の中で、助け船を出してくれたのが明石家さんまだった。現役時代に一緒にゴルフをしたとき、さんまは「野球やめたら、俺がやってる番組全部来いや」と言った。その言葉通り、さんまの番組から次々にオファーが舞い込み、一茂はタレント活動を始めた。その後、俳優業、スポーツキャスター、映画監督など、一茂は芸能界でどんどん仕事の幅を広げていった。
 
 一茂は決して苦労知らずのお坊ちゃんではない。幼い頃からマスコミに追われ、日本中の期待を背負ってプロ入りを果たすも活躍できず、大きな挫折を味わった。その後にも精神的に不調をきたし、苦難の日々を乗り越えてきた。
 
 そんな彼は、テレビの中でも空気を読まずに言いたいことを言える貴重な存在である。現在の自身のブレークに関しても「一過性のものでしょ」と他人事のように淡々としている。専門分野のスポーツに関してはまっすぐに鋭いコメントをする姿が評価されている。先日のロシアW杯のポーランド戦で日本代表が時間稼ぎのようなプレーをしたことについても全面的に擁護してみせたりするなど、周囲の反応を気にせず正論を堂々と口にする。
 


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい