京都サブカルの拠点と呼ばれた“伝説”の喫茶店が東京で40年 あの女優も関わった歴史 (2/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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京都サブカルの拠点と呼ばれた“伝説”の喫茶店が東京で40年 あの女優も関わった歴史

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はるやまひろぶみdot.
お通しはあったりなかったり。「作り出すといろいろ作っちゃう」という料理上手のラビさん

お通しはあったりなかったり。「作り出すといろいろ作っちゃう」という料理上手のラビさん

「コーヒーが190円で、おかわりは100円だったの。仕事しているんだかしていないんだかわからない人たちが1日中店にいてさ、“ちょっと家行ってくる”って言って帰るわけよ。で、しばらくしたらまた来てさ、“おかわりちょうだい”って100円で飲むのよ」

 いまだから呆れたように笑って話せるが、当時はほぼ赤字続きだった。

 そんな折、1980年にドトールコーヒーが原宿・青山にオープン。その後、このようなセルフサービス型カフェのチェーンが台頭しはじめ、翌年には、「喫茶店の時代は終わった」という声がラビさんの耳にも届く。個性的な店が次々に姿を消していき、ラビさんも閉店を考えた。しかしそこで知人の女優、木野花さんが「呑み屋にしようよ」と待ったをかける。主宰している劇団『青い鳥』に任せろと言う。

 そこから『ほんやら洞』は劇団『青い鳥』のメンバーが営業していたのだが、芝居の公演があるときは店を開けるスタッフがいなくなってしまい、開店休業状態となっていた。

「誤算だったわ」とラビさん。

 そして1年後、「ほんやら洞」は再びラビさんの店となった。これが「ほんやら洞」第2期スタートの経緯だった。

 カウンターは常連率が高いがテーブルは常連以外が多い。もちろん一見でカウンターに座ってもいい。客のタイプはさまざま。職種もさまざま、だと思う。はっきりとはわからないが。ここへ来る楽しみも、人それぞれ違うだろう。基本的にみんなラビさんのことは好きだ。黒髪ストレートというデビュー当時のラビさんだけを思い浮かべて来て、現在のパンキッシュなラビさんを見て泣き崩れた大物漫画家もいたというが、基本的にみんないまのラビさんが大好きだ。そして誰もが「ラビさんはすごい人」とわかっているし、ステージではかなりカッコいいのだが、店で話しているときはとてもキュートだ。その笑顔が見たくて「ほんやら洞」に向かう人もきっと少なくない。

 ツアーから帰ったその日も店に立つのは、「店が好きで楽しいから」とさらっと言い、ずっとワインを呑んでいるが営業中は酔わず、歌を聴いていると歌詞の情景が浮かんでくる素晴らしい歌い手のラビさん。タフでカッコいい。だが、夜になってもラビさんが店に来ないので帰路につくと、途中ですれ違って、「帰っちゃうの??」と笑顔で言ってくる。そのキュートさには思わずとろけそうになってしまうのだった。(文・はるやまひろぶみ)

■ほんやら洞
住所:東京都国分寺市南町2-18-3 国分寺マンション1F
営業時間:12~翌1時/無休
アクセス:JR・西武線「国分寺」駅より徒歩約2分


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