もちろん、「グッド・ヴァイブレイションズ」を聴いた瞬間の衝撃も受け止めつつ、ということだ。僕は、年齢的には可能だったのに、ポールやブライアンの世界にはほとんど入り込まなかった中途半端なロック・ファンなのでこれ以上は書かないが、ともかく、情報が瞬時に伝わることのなかったあの時代に、大西洋をはさんでこんなにスリリングなやり取りがトップ・アーティストのあいだで行なわれていたのである。

「グッド・ヴァイブレイションズ」のレコーディングには、ドラムスのハル・ブレイン、キーボードのラリー・ネクテルなど当時のロサンゼルスの音楽界を支えていた凄腕のスタジオ・ミュージシャンが何人も参加している。ヴォーカル・パート、トレードマークのハーモニーは、もちろんメンバー全員によるものだが、すでに書いた通り、「せえの」で録音するのが当たり前という常識を打ち破り、彼らは、ロック・バンドの創作の可能性を大きく広げることとなったのだ。

 10年前の2008年、ロンドンのアビィロード・スタジオを訪ねる機会があった。ビートルズのホームグラウンドだったスタジオを舞台にした英国制作の音楽番組『ライヴ・フロム・アビィロード』が、当時、日本でも放送されていて、そのスタッフの一人として貴重な機会を与えられたのだった。しかもそれは、ブライアン・ウィルソンの回の収録が終わった直後。スタジオにはまだ、ビートルズが愛用した楽器も使ったセットがそのまま残されていて、「ポールやブライアンの世界にはほとんど入り込まなかった」などと書いておいて、やや矛盾する話だが、やはりグッときてしまった。(音楽ライター・大友博)

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大友博

大友博

大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

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