また、出場者リストの上位につける20歳のテイラー・フリッツも米国期待の若手のひとり。両親ともにテニス選手というカリフォルニア生まれのエリートは、2年前のメンフィス・ オープンで18歳にして決勝へ進出して錦織と対戦。この時は「若い選手に負けたら、後に引きずる」と意地を見せた錦織が貫禄の勝利を手にした。錦織のコーチのマイケル・チャンとの地縁もあり、フリッツはオフシーズンに錦織の練習相手を務めたこともある。
地縁ということで言えば、復帰戦の会場となるニューポートビーチ・テニスクラブは、錦織にとって米国第二のホームとも言える地だ。チャンコーチは同クラブと縁が深く、錦織もこのクラブでチャリティマッチなどをプレーしている。グランドスラムの喧騒からは離れ、慣れた土地で良く知る顔に囲まれて立つ復帰戦のコートは、適度な緊張感と安心感に覆われているに違いない。
錦織がケガでツアーから長期離脱したのは、2009年に肘にメスを入れた時以来のこと。まだ自分が何者かも判然としなかった19歳のあの頃と、すでにトップ選手の地位も確立した今回では心理面で違いがあるかと問われた時、錦織は「それが、一番感じていることかもしれません」と即答した。
「2009年の時は、なんか無理やり、自分のなかでプラスにしなくてはいけないという焦りもあったし、プレッシャーもありながらいろんな人に経験した話を聞いた。プラスにしなくてはと言われながらも、ケガして離脱しているんだから、プラスに思えるわけないだろうと思ったりもしたんですが」
そう8年前の日を振り返る彼だったが、今は「いろいろと経験し、自分がこれからもケガと付き合っていかなくてはいけない身体だと十分に認識しているので、だいぶ落ち着いてます。無理やりプラスにしなくても、けっこうポジティブにいられる」と語る。
もちろん、自らもケガに苦しんだ過去を持ち、多くの選手がかつて居た場所に戻るプロセスで葛藤する姿を見てきた錦織は「復帰した最初の数週間は、特に大変だと思います」と厳しい現実にも目を向ける。それでも、落ち着いた口調で断言していた。
「それもたぶん、苦しみながら楽しんでできると思うので」
険しき隘路(あいろ)が待つことは覚悟している。そのうえで、再び山を登るその道程を、そして頂から眺める景色を、彼は今、心待ちにしているはずだ。(文・内田暁)