安室奈美恵とデビュー前から一緒に歩んだメイクが明かす26年間の真実 (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)
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安室奈美恵とデビュー前から一緒に歩んだメイクが明かす26年間の真実

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金城珠代dot.

最後の紅白でどんなステージを見せてくれるのか。(写真:avex提供)

最後の紅白でどんなステージを見せてくれるのか。(写真:avex提供)

――1992年のヘアメイクは、96年に新語・流行語大賞のトップテンに入った「アムラー」現象の原型のように見えます。特徴を教えてください。

 髪はセンターパート(真ん中分け)で、カラーは白っぽいメッシュが入っています。髪の長さはいまよりも全然短いので、緻密に長さを決めてウィッグをつくりました。毛先にはレイヤーが入っています。

 アイシャドーはシルバーブルーです。このときはまだまつ毛を上げて目元を強調する時代ではなかったので、ビューラーは使わず、リップはダーク。当時はもっとダークだったのですが、今回はフレッシュさを出すために少し明るめにしました。

――懐かしいですね! 当時、このメイクはどのように生まれたのでしょうか。

 モード界でもこういうメイクの流れはありましたが、細眉は奈美恵ちゃんが自分でキレイに整えていて、ご本人の好みから生まれたものです。

 当時は黒人女性がかっこいい時代でした。スーパーモデルブームがあり、日本でもナオミ・キャンベルが大ブレイクし、音楽界ではジャネット・ジャクソンが人気でした。少し前ですが、スポーツ界にはジョイナー(米陸上選手、88年ソウル五輪で3冠)もいましたよね。

 彼女はジャネットに影響を受けて歌とダンスを始めたぐらいジャネットが大好きだったし、彼女自身もこういうメイクが似合ったんです。私は「THE夜もヒッパレ」(日本テレビ系)や「ポップジャム」(NHK総合)などテレビ番組のお仕事はご一緒していなかったのですが、自分でダークめのリップを塗って、眉を描いて出ていたと聞きました。奈美恵ちゃんがそういう感じのメイクが好きだからと、私たちヘアメイクはそこに寄り添って、メイクをすることが多かったですね。毎回こうだったわけではありませんが。この時代に奈美恵ちゃんがいたからこそ日本中に広がったメイクだったと思います。

――再現してみて、どうでしたか。

 ご本人も鏡の前で「うわー、この色久しぶり!」って(笑)。「こうだったよね」って話しながらアイシャドーを塗り終えた瞬間、彼女がティーン・エイジャーの顔になったんです。「メイクってすごいね」って二人で話しました。ああ、久しぶりにこの顔に会ったって、奈美恵ちゃんも懐かしく思っていたと思います。

――2000年はまた雰囲気が変わりました。「NEVER END」が九州・沖縄サミットのイメージソングになったのがこの年です。

 ちょうどこの頃から、小室哲哉さんのプロデュースを離れ、ご自身でプロデュースを始めたころでした。バラードが続いた後、久しぶりにアップテンポな「Say the word」という曲で、ツインテールはご本人のアイデアです。雑誌の撮影などでやっていたので、お気に入りのアレンジだったんだと思います。このツインテールもブームになりましたね。

 00年のメイクは目元にブラウン系のグラデーション。しっかり細めに描いていた眉毛は、自然な感じになりました。メイクは全体的にクールでかっこいい感じから、柔らかく可愛い方向に幅が広がっていった時代だと思います。

 こうやって抜き出してみるとガラッと変わっているように見えますが、「さあ、今日から新しい方向で」と変えていたわけではありません。ヘアメイクは日々のことですし、やってきたことがすべてつながって、自然に変わっていく感じです。ジャケット撮影の間に雑誌やCMの撮影なども挟まっていくので、時代の空気感とか流行を吸い込みながら変わってきたんだなと、今回振り返ってみて改めて感じます。



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