実はこのAβとタウの蓄積は、ADの原因とは断定できていない。進行とともに患者の脳内に蓄積が進むため「原因だろう」と推定されている仮説なのだ。


 
 Aβ仮説とは、こうだ。Aβのたんぱく質は3段階あり、酵素によって切り出されてできた最初のAβはモノマーと呼ばれ、これが複数絡み合ってオリゴマーになり、さらにそれらがプラークという塊を形成して脳内に張りつき、徐々に神経細胞を侵してADに至る。段階を経るごとにAβは毒性を増していく。

 仮説とはいえ現時点で最有力であるため、現在のAD治療薬開発の主流は、Aβをターゲットにしたものに集中している。多くはAβを排除する抗体(抗Aβ抗体)を注射で投与し、Aβを取り除こうとしている。ただ、仮説ゆえに開発途中で数々の困難にも直面している。

 実際、16年11月、AD治療薬を開発する関係者や患者を落胆させた出来事が起きた。米の大手製薬会社・イーライリリーが、臨床試験を実施していた「ソラネズマブ」という抗Aβ抗体について、医薬品としての承認申請を行わないと発表したのだ。早期認可が期待されていたが、最終段階の国際共同臨床試験・EXPEDITION3の結果、偽薬と比べ、明確な有効性の差が示せなかったからだ。

 既に12年には米ファイザーの抗Aβ抗体・バピネオズマブも十分な有効性が示せずに開発中止に追い込まれており、一見するとAβ仮説に希望の光はないかのように見える。

 ところが、別のところでは明るい兆しが見え始めている。ソラネズマブの承認申請の断念に先立つ16年9月、イギリスの有力科学誌「ネイチャー」に米バイオジェンが開発する抗Aβ抗体「アデュカヌマブ」が初期の試験で有効性を示したことが報告された。

 この試験では放射性診断薬を用いた陽電子放射断層撮影法(PET)という画像診断で、アデュカヌマブを投与した患者の脳内ではAβ量が徐々に減少することが明らかになったのである。

 しかも、CDR-SB(臨床的認知症重症度判定尺度)、MMSE(ミニメンタルステート検査)といった認知機能テストでも、偽薬を投与した群に比べて病状の悪化は少なかった。このまま試験がうまく進めば22年前後に実用化が見込める。

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