スーパースター安室奈美恵が覆した「沖縄の人は売れない」説 (2/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

スーパースター安室奈美恵が覆した「沖縄の人は売れない」説

このエントリーをはてなブックマークに追加
dot.
(画像提供:avex)

(画像提供:avex)

安室奈美恵がデビュー前に通ったアクターズスクールの建物。現在はゲストハウスになっている=那覇市泊(撮影/與那覇里子)

安室奈美恵がデビュー前に通ったアクターズスクールの建物。現在はゲストハウスになっている=那覇市泊(撮影/與那覇里子)

 そして安室ちゃんは私の同級生の行動も変えた。クラスに「アクターズブーム」がやってきたのである。アクターズは、安室ちゃんがデビュー前に通っていた芸能スクール。生徒募集の大きな新聞広告が掲載されたのがきっかけで、ブームに火がついた。

「あの子、アクターズに通っているらしいよ」「次の公演出るんだって」。突然、アクターズに通うことがクラスのステータスになった。私も友達に誘われて公演を見に行った。

「色白で顔のちっちゃい人が沖縄にこんなにいっぱいいるのかー」と外見のレベルの高さに卒倒しそうになった。ちなみに初めて公演を見た時、天使のように可愛いと思ったのが今井絵理子で、私のクラスでも人気ナンバーワンだった。

 その後、今井絵理子を含む4人がSPEEDとしてデビュー。DA PUMPも売れっ子になった。安室ちゃんの人気はさらに高まって、ファッションを真似た「アムラー」という社会現象も起きた。2000年には九州・沖縄サミットのイメージソング「NEVER END」を歌い、2001年には女優の国仲涼子主演のドラマ「ちゅらさん」が始まった。安室ちゃんの登場以降、沖縄出身者が芸能界で活躍する時代が続いている。

 メディアを通して新しいロールモデルを提示してもらい、沖縄からも成功できると思わせてくれたことは、県出身者にとって大きな励みだった。沖縄からスターになることを目指す若者への冷ややかな眼差しも和らいでいった。

 「TRY ME」がヒットした1995年は戦後50年の節目の年。沖縄では当時の故・大田昌秀元知事が代理署名を拒否し、米兵による少女乱暴事件があった。基地があるゆえに解決しない暗いニュースが現在も続いている一方で、安室ちゃんは20年以上もカッコいい歌とダンスで魅了し、芸能界の第一線で活躍。沖縄へのまなざしを明るいものにしてくれた。

 だから、安室ちゃんが登場してからは本土で沖縄出身と言うと「いいなぁ」と羨ましがられ、少しばかりモテたりもした。


トップにもどる dot.オリジナル記事一覧

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい