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ミャンマーの国鉄が赤字でも列車を運行する理由 <下川裕治のどこへと訊かれて>

連載「どこへと訊かれて」

カレーミュー駅。列車は早朝に出発し、夜に戻る。その1往復があるだけ

カレーミュー駅。列車は早朝に出発し、夜に戻る。その1往復があるだけ

 さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版「世界の空港・駅から」。第30回はミャンマーのカレーミョ駅から。

*  *  *
 以前、ミャンマーのパコックからカレーミョまで列車が走っていた。パコックはかつてイラワジ川と呼ばれたエーヤワディー川沿いの街。カレーミョはインド国境に近い街だ。しかしこの路線は、2010年の水害で、途中の線路や鉄橋が流され、不通になってしまった。

 ……そう思っていた。ところが詳しく訊くと、不通区間を除いてピストン輸送を続けていうという。

 パッコクからヂョーという街まで列車で約7時間。不通区間は相乗りのバンで移動し、カンゴーという街に到着。翌日、カレーミョに列車で向かった。途中で列車を乗り換えたのだが、その車両は、いままで乗ったことのないものだった。客車と呼んでいいのだろうか。貨物車両に、木製ベンチを置いただけのようにも見えた。車両は短く、ベンチに10人が座るといっぱいになった。LRBEと呼ばれるものらしい。日本製のトラックを改造してつくられたものだという。

 ミャンマーの鉄道は老朽化が進み、線路は波打っている。スピードを出すと脱線してしまうため、時速10キロほどで進むことが多い。脇の農道を走る自転車に追い抜かれてしまうのだ。その列車に乗っていると、なんだか馬車に揺られている気分になる。

 カレーミョはもともと終着駅だったから、この区間は、どの線路とも接続していない。孤島ならぬ孤線なのだ。民政化後のミャンマーには、日本から送られたディーゼル車も走るようになっているが、そういう新しい血を入れることが難しい。水害時にとり残された車両を、大切に修理しつつ使っているわけだ。けん引する機関車が壊れたら、もう終わりである。

 日本の感覚では、とっくに運休か廃線になっていると思う。しかしミャンマー人はしぶとい。運行をやめようとはしない。


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