■耳の中に注射器でステロイドを注入

 名古屋市に住む、小嶋清二さん(仮名・70歳)は2008年7月、突然、「じー」という右耳の耳鳴りに襲われた。耳がトンネルに入ったときのようにつまり、徐々に聞こえづらくなった。耳鳴りが起こってから2日後に自宅近くの耳鼻咽喉科を受診。診断の結果、突発性難聴が疑われたため、中日病院(名古屋市)で外来診療をおこなっている名古屋大学病院耳鼻いんこう科の寺西正明医師のもとに紹介されてきた。

 聴力のレベルはデシベルという単位で表され、数値が高くなるほど聞こえづらいことを意味する。20デシベル以内が正常とされ、100デシベルを超える場合、ほとんど何も聞こえないとされている。小嶋さんは検査の結果、右耳は約70デシベル。MRI(磁気共鳴断層撮影)検査で脳腫瘍は見られなかったため、突発性難聴と診断された。

 突発性難聴は劇的な効果のある治療方法がないことに加え、自然治癒率が3割程度と言われており、難聴が残ったり、後遺症として耳鳴りが残ったりすることもある。最も一般的な治療として点滴や内服による全身のステロイド治療が挙げられ、それ以外にもいくつかの治療方法を試すことが基本とされている。

 寺西医師は、小嶋さんに糖尿病の持病があることを考慮して、全身のステロイド投与ではなく、中耳の空洞にステロイドを直接注入する、ステロイド鼓室内注入という治療方法を選択した。

 寺西医師はこう話す。

「ステロイドの鼓室内注入とは、鼓室内に注射器を使って直接ステロイドを注入する方法です。ステロイドの点滴などの全身投与に比べて、ステロイドを直接、内耳に染み込ませることができるので、内耳での薬物の濃度がより高くなることが期待されています。さらに、全身的な副作用を回避できることも大きなメリットです。糖尿病を持つ患者さんの場合、入院して血糖値のコントロールをおこないながらステロイドの全身投与を受けることもありますが、小嶋さんは入院したくないという意向があったので、ステロイドの鼓室内注入を選択しました」

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