ロッテ・井口資仁の引退に思う…日本球界の問題点 メジャーの経験をどう還元すべきか (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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ロッテ・井口資仁の引退に思う…日本球界の問題点 メジャーの経験をどう還元すべきか

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氏原英明dot.
今季限りでの引退を表明したロッテの井口資仁(c)朝日新聞社

今季限りでの引退を表明したロッテの井口資仁(c)朝日新聞社

 6月20日、千葉ロッテの井口資仁(42)が今季限りでの引退を表明した。

 球団公式サイトが配信している記者会見の様子を確認すると、改めて芯の強い男だなと力強い言葉の一つ一つに感心せずにはいられない。

 井口の野球歴はすさまじい。

 国学院久我山高校2年時に甲子園に出場。青山学院大ではリーグ通算本塁打記録を樹立した。アトランタ五輪に出場して銀メダルを獲得。争奪戦が繰り広げられる中、ダイエー(現ソフトバンク)を逆指名して入団した。1999年にはダイエー初優勝に貢献。2001年には30本塁打44盗塁を達成。数々の輝かしい成績を残し、2005年オフ、メジャーリーグのホワイトソックスに移籍した。当時は、日本人内野手の成功例がまだ存在しない時だっただけに、イバラの道の挑戦だった。

 ホワイトソックスでは「2番・セカンド」のレギュラーをつかむと、当時の指揮官、オジー・ギーエンの“スマートボール”に欠かせない存在となり、ワールドチャンピオンに輝いた。日本人選手でレギュラーとして初めてチャンピオンリングを手にした。

 後にも先にも、井口ほどの成果を残した日本人内野手が存在していないわけだから、いかに、彼がプレイヤーとして優れていたかうかがい知れる。日本復帰後は2010年に日本一に輝き、2013年には日米通算2000本安打も達成している。

 日米両球界ですさまじい成績を残した井口だからこそ、気になるのはその今後だ。

 たくさんの臆測が飛ぶが、井口が見ているのは小さい野望ではない。

 現実的であるかはともかく、引退後の夢物語について、ある二つの選択肢を語っていたのを思い出す。

「2015年にホワイトソックスのワールドチャンピオン10周年記念に呼ばれてシカゴに行ってきたんですけど、その時に『引退したら、コーチとして来てくれ。日本の野球をチームに入れたいんだ』と言われたんですよね。(野球を)勉強しに行きたいなという想いはあります」

「将来的にはGMをやりたい。今は、日本の球団には選手あがりのフロントは少ないですよね。それが選手の意見が通りにくい一因になっていて、選手が動きづらいところがあると思う。当然、お金を持っている球団とそうじゃない球団とではやり方も違いますけど、面白いだろうなと。日本には埋もれている選手がいっぱいいます。そういう選手をフルに使えるように、“ルール5ドラフト”を日本に取り入れたりしたいですよね」


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