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元SEALDs 諏訪原健「戦争の始まりはいつも…」

連載「20代の処方箋」

諏訪原健(すわはら・たけし)/1992年、鹿児島県鹿屋市出身。筑波大学教育学類を経て、現在は筑波大学大学院人間総合科学研究科に在籍。専攻は教育社会学。2014年、SASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)に参加したことをきっかけに政治的な活動に関わるようになる。2015年にはSEALDsのメンバーとして活動した

諏訪原健(すわはら・たけし)/1992年、鹿児島県鹿屋市出身。筑波大学教育学類を経て、現在は筑波大学大学院人間総合科学研究科に在籍。専攻は教育社会学。2014年、SASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)に参加したことをきっかけに政治的な活動に関わるようになる。2015年にはSEALDsのメンバーとして活動した

 安保関連法に反対している中で、そのことを思い出したとき、祖父の言葉は僕の中にひとつの問いを生じさせた。それは、戦争の「始まり」とは何なのかということだ。

 祖父は1941年12月8日の真珠湾攻撃を、先の戦争の「始まり」だと語った。それは一般的な見方かもしれないけれども、満州事変や国際連盟からの脱退だって「始まり」と言えるかもしれない。あるいは治安維持法の成立や、その後の特高警察による言論弾圧、そして自由にものを言うことがためらわれるような社会の雰囲気まで含めて「始まり」だと見ることができるかもしれない。

 そんなことをあれこれ考えていると、目の前にある安保関連法案もまた、次の戦争の「始まり」のひとつになり得るかもしれないと思えてきた。自分の中にあった「戦争」という言葉を用いることへの気恥ずかしさが、深刻な危機感へと変わった。こうして僕は、「戦争反対」と、素直に強い思いを込めて声を上げるようになったのだった。

 「戦争の『始まり』とは何なのか」……。今日もまたこの問いが頭の中にふと浮かんできた。そしてどうしてもこの話を書かなければいけないと思った。

 共謀罪の審議が大きな山場を迎えている。しかし国会審議を見ていても、いまだに誰が対象になるのかははっきりしないし、「一般人」か、どうかを判断するために違法な捜査が行われる可能性も否定できない。そもそも政府は真摯に議論する気すらないように思えてくる。

 近い将来、私たちの自由や権利が侵害される日が来るかもしれない。政府に批判的な意見をいうことが難しい社会になるかもしれない。次の戦争への「始まり」がまた一つ生まれてしまうかもしれない。歴史を顧みた上で、今の政治を見ていると、そんな危機感を強く覚える。

 何が次の戦争の「始まり」になるのかなんて、今を生きる私たちには分かりようもないと思います。だからこそ、私たちは「始まり」を生み出さないように細心の注意を払わなければならないのではないでしょうか?

 未来に思いを馳せながら考えてほしい、本当に共謀罪は必要なのかと。

 僕は共謀罪なんて絶対に必要ないと思いますが、いかがでしょうか?(諏訪原健)


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諏訪原健

諏訪原健(すわはら・たけし)/1992年、鹿児島県鹿屋市出身。筑波大学教育学類を経て、現在は筑波大学大学院人間総合科学研究科に在籍。専攻は教育社会学。2014年、SASPL(特定秘密保護法に反対する学生有志の会)に参加したことをきっかけに政治的な活動に関わるようになる。2015年にはSEALDsのメンバーとして活動した

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