ノーベル文学賞受賞に思う 反戦、公民権運動「風に吹かれて」だけではないボブ・ディラン (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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ノーベル文学賞受賞に思う 反戦、公民権運動「風に吹かれて」だけではないボブ・ディラン

連載「六九亭日乗」

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 日本時間10月13日夜に伝えられた「ボブ・ディランにノーベル文学賞」というニュースは驚きをもって迎えられたようだ。ただし、その驚きの原因の大半は、とりわけ日本に関していえば、「村上春樹じゃないの?」ということだったのではないだろうか? 某テレビ局のニュースで、発表直後に新橋駅前で収録されたと思われる取材映像を流していたのだが、中年の男性は「春樹じゃないのかよ」、若い女性は「えーっ、ボブ・ディラン!?」という反応だった。

 まず事実だけを書いておくと、ノーベル文学賞(Nobel Prize in Literature)はアルフレッド・ノーベルの「文学の分野で、傑出した作品体系を築き上げた人に」という言葉をもとに、ほかの4つの賞とともに1901年に創設され、毎年1人の文学者に授与されてきた。200人前後(近年)の候補者のなかからスウェーデン・アカデミーの会員18人によって決められるという。ボブ・ディランは、その113人目(戦争で中断された時期や複数受賞の年もあった)の受賞者
で、アメリカ人としては11人目ということになるそうだ。

 ディランへの授賞決定の際にアカデミーから発表されたその理由は“having created new poetic expressions within the great American song tradition”ということだった。「アメリカの歌の偉大な伝統を受け継ぎながら、新たな詩的表現の世界を創造してきたこと」といったところだろうか。つまり対象は、これまでに彼が自ら書き、そして歌ってきた約600曲によって築き上げられてきた文学大系である。ディランは、1960年代半ばに『タランチュラ』という観念的な本を書き、また、2004年には『クロニクルズ』という自伝的要素の強い本を出版しているが、これらが対象になったわけではない(ちなみに、『クロニクルズ』は時間の流れに沿って書かれたものではなく、時代や場面が不思議な感覚で移り変わっていく、いかにもディランらしい著作物。三巻完結の予定らしいが、残念ながら、現時点では一巻目しか発表されていない)。


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