「今日1日は、誰かが生きたかった1日かもしれない」ということ (2/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「今日1日は、誰かが生きたかった1日かもしれない」ということ

大谷由里子dot.#ごきげんに生きよう
マンガ/上大岡トメ

マンガ/上大岡トメ

 それどころか、実家に帰って、そんな人たちに出会うと、

「由里ちゃんも、体に気をつけてね」

 と、30歳も40歳も年下のわたしを気遣ってくれたりする。

 一方、「なんでこの人が……」と、思うほど、あっけなく逝ってしまった仲間もいる。

 わたしが高校生の時、とっても仲良かった男性。

 30過ぎで、がんで亡くなってしまった。

 仕事していた仲間、40歳半ばで自殺した。

 一緒にドラマの撮影スタッフに加わっていた男性は、事故であっけなく逝ってしまった。

 そんな人、数えたら、たくさんいる。

 阪神・淡路大震災、東日本大震災を含め、ある日、突然、思ってもいない形で命を奪われた人はたくさんいる。

 寿命と健康なんてまったく関係ない。

 いつまでも未来が続くと思っていたら大間違い。

 突然、命を奪われたけれど、「明日、この世からいなくなる」なんて思ってもいなかった人たちがいることをわたしたちは、意識しなければならないと思っている。

 だから、わたしは、講演で言う。

「みなさんが生きている、今日1日は、誰かが生きたかった1日かもしれないんです」

 という話をする。


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