しかし、どんなに専門家が「薄めれば安全」と言っても、素人がそれを信じると考えるのは間違いだ。「薄めれば安全」と言えば、「薄めなければ危険なんだ」という疑念を呼び、「危険なものなら、流さない方が良い」という心理になる。本当に安全なら、薄めた汚染水を官邸の庭に撒くか東京湾に放出してみろという声も出そうだ。

 政府は、「トリチウムは自然界にも存在するし、他の原発でも基準値以下の濃度のトリチウムは海に流している」と言って安心させようとする。しかし、他の原発が流しているトリチウムの量に比べてはるかに大量のトリチウムを流すのだから、「他と同じ」と言っても、「他よりもはるかに大量なのに大丈夫だとどうしていえるのか」という話にもなる。

 しかも、基準値以下なら安全と言うが、その基準値の根拠は何かと言われても、実は明確な答えはなく、国際的な水準だというだけのことだ。海洋放出しないと原発運用上困るから認めているというのが実態だから、国民に明確な説明ができない。

 さらに、最近では、トリチウム以外にも、処理済みのはずの汚染水で一部基準値を超えるルテニウムやヨウ素などの放射性物質の存在が確認されるなど、住民の不安を煽る事実も出てきている。

 このような状況では、当然、生活がかかっている福島の漁業者や住民が「安全性」に納得するはずがない。

 さらに、仮に「安全」だとしても、「風評被害」が生じることは確実だ。

 福島では、事故後長期にわたり操業が停止されていたが、その後は徐々に操業が認められ、試験操業とはいえ、厳格な検査を経て、現在では一部の魚種では築地にまで出荷されるに至っている。その努力が一瞬にして水泡に帰し、また一からやり直しだと考えれば、理解を得るのはほとんど無理だと考えるべきだろう。

 もちろん、そんなことは経産省も規制委もよくわかっている。ここから先は、いつもの作戦を展開することはもう決めているはずだ。

 すなわち、当分は、ただ、ひたすら話を聞くふりをする。一方で、「風評被害対策」という名目で金をバラまく姿勢を見せ、もらえるならまあ仕方ないという漁業者を一人二人と増やして行く。そのうえで、どこかで有無を言わさず、「海洋放出」を「決定」し、あとは、何を言われようが絶対にそれを動かすことはない。そのうち、反対する団体もカネで何とか抑えられるという自信があるからだ。総裁選や沖縄県知事選が終わり、統一地方選が近づく前には、決定を下すことになるだろう。

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