市兵衛が「圭助さんはよく、あなたの話をしていたそうです」と入っていく。真面目に働いて母を喜ばせたい、汚い商いで儲けても母は喜ばないと圭助が語る回想シーンが入るから、市兵衛がとめにそう告げたのだろう。ここでとめが「お侍さま、顔を触らせていただけませんか」と言う。半助が驚き「おっかあ」と言い、手を抑えつける。

 市兵衛は、ただこう言う。「かまいませんよ」。そして、とめに近づいていく。

 とめはゆっくりゆっくり市兵衛の顔を触わり、「なんて、お優しーい顔をしてなさる」と涙を流す。市兵衛はこう言う。「私は圭助さんに会ったことはありませんが、きっと圭助さんも優しい顔をしていたと思います」

「ありがとうごぜーます」と、とめ。間隔をあけつつ、それを5回繰り返す。

 弟の話を訥々と語る農家の長男に漂う諦念。目の見えぬ母は震える手で侍を触る。ふたりの確かな芝居。受け止める向井。

 市兵衛は男らしくない。偏見がない。だから身分制度を超える。涙がこぼれた。

 ちなみに半助を演じたのは尾上寛之という役者で、朝ドラ「カーネーション」で勘助という重要な役割を担った人。とめ役は筒井真理子で、朝ドラ「花子とアン」で嘉納伝助邸の女中頭を演じた女優。実は美早役の前田亜季も「ごちそうさん」で桜子というヒロインの親友を演じていた。このシーン、向井も合わせて朝ドラ好きにはたまらない布陣だったことも付け足しておく。

 最後にご報告だが、このドラマ、7月21日で終わってしまった。この記事で初めて興味を持ってくださった方には申し訳ないが、24日午前1時5分という真夜中には再放送があるし、NHKオンデマンドでも視聴可能なので、お許しいただきたい。

 さらにさらに現在、映画「君が君で君だ」が全国で上映中なこともご報告。向井が、眉を抜いた借金取りのチンピラ「友枝修」役で出演中だ。向井が主人公たちを蹴ったり罵ったりするのだが、彼はまじめな役者なんだなーとよくわかる。トータル実に切ない、よい映画だった。

 なのでご覧いただけたら幸いですと、勝手に宣伝しつつ、最後にNHKさんへ。「そろばん侍」のシリーズ化、熱烈希望します。(矢部万紀子

著者プロフィールを見る
矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

矢部万紀子の記事一覧はこちら