「手応え、あったんですよ。引っ張った左中間だったら入る。でも、右中間だったから(本塁打の)確信はない。だから、万歳してるのに、途中で『いけ、いけ』って、言うてるんよね」
しかし、そんな祈りは、もはや必要はなかった。力強い打球は真っすぐに、右中間席へと飛び込んだ。
「あれ、レフト方向やったら、打者として、まだまだなんよ。右中間に打てたのが、すごくうれしかった。ああいう風に打ったら、ああいう風に飛ぶ。今までやってきたことがあそこでできた。理想のバッティングですよ」
映像で、何度もその「理想の一打」を見返したという。
松坂が「えっ、うそやろ」という顔をしているのも、はっきりと見て取れた。ショックだったのだろう。
右中間スタンドに、中村の打球が飛び込んだ瞬間、両手を膝につき、下を向いたまま、身動き一つ取らなかった。中村が本塁付近で、歓喜の近鉄ナインにもみくちゃにされているとき、やっと顔を上げ、三塁側ベンチへと歩いていった。ベンチ奥へ、松坂の姿が消えた。その瞬間だった。
「ガンガラ、ガガーン」
けたたましい金属音を、西武ナインの耳が捉えていた。
当時、ベンチ裏にはスタンド型の灰皿が置かれていた。松坂は、悔しさのあまり、その灰皿を蹴飛ばして、ロッカーに入っていった。金属製の灰皿が通路に倒れ、灰まみれの水も飛び散っていた。
それほどまでに、松坂は悔しかった。プロ3年目で、初めて食らったサヨナラ弾。常に真っ向勝負の中村に、真っ向から挑んで、完璧にやられたのだ。
「ホント、彼とはいい戦いができたんよ」
その松坂が、自分と同じユニホームと背番号で、復活の舞台に挑む。中日入団が決まって以来、中村は松坂の動向に注目し続けてきたといい、TVニュースなどでも、その投げるシーンを、関心を持って見てきたという。かつてのライバルを、どうみているのか。
ちょっと“解説”してもらった。
「どこか痛い箇所とか、気になるところがあるのかなとは思うね。怪我して、変なクセがついたから、いろんなことを試しながら、元に戻そうとしている。試行錯誤をしているのは、分かるよね」
中村が気になったのは、松坂が力んだと見えたときに、ストレートがワンバウンドするようなケースがあることだ。
「あんな引っかけた球って、なかったもんな。繊細なリリースポイントの力がなくなっているのかなというのは感じる。でも、松坂だって、何歳? 37歳? もう、スタイルをチェンジするときに来ているしね」
だからこその、打者目線でのアドバイスだった。