東京を中心に首都圏には多くの医学部があるにもかかわらず、医師不足が続いている。そのような中、現役の医師であり、東京大学医科学研究所を経て医療ガバナンス研究所を主宰する上昌広氏は、著書『病院は東京から破綻する』で、「主治医の条件」について持論を展開する。
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医療を取り巻く現在の状況は、食料難に喘いだ終戦直後に似ています。
絶対的な医師不足のため、医師と患者の力関係は医師が有利になり、「コネ社会」になっています。厚労省が主張する、平等に医療を受ける権利はもはや建前に過ぎません。終戦直後、政府は食糧管理制度を通じて、食料を「適切に」配分しようとしました。ところが、実際は配給だけでは足りず、国民は縁故を頼って農家を訪ね、闇市で食料を調達しました。1947年10月には闇米を拒否し、配給食料だけを食べ続けた裁判官の山口良忠氏が栄養失調に伴う肺浸潤(結核)のために34歳で亡くなっています。食糧難が改善するには、米国が緊急援助し、日本が復興するまで待たねばなりませんでした。食料の供給量が増えるまで、事態は改善しなかったのです。
医療でもおそらく同じ事が起こるでしょう。厚労省は、「かかりつけ医制度」や「在宅医療」を推進していますが、これは、「配給制度」により、サービス供給の効率を上げようとしていることに他なりません。
ところが、官僚の計画通りには現場は動いていません。
77歳になる私の母も、かかりつけ医の限界を、身を以って知った一人です。彼女は祖母(母の実母)が97歳で亡くなるまで、兵庫県尼崎市の自宅で介護していました。祖母は認知症・陳旧性心筋梗塞・高血圧・逆流性食道炎・甲状腺機能低下症など多くの病気があり、近所の開業医に診てもらっていました。要介護5と認定され、介護サービスも受けていました。
ある日の夜中、祖母は呼吸困難を訴えました。母はかかりつけ医に電話しましたが、「すぐに救急病院に運びなさい」と言われただけでした。困り果て、京都市内の病院に勤める弟に電話して、大阪市内の病院を紹介してもらい、タクシーで祖母を連れて行きました。タクシー代は1万円以上かかったそうです。ところが、受診した病院の救急外来で「なぜこの程度で、遠くの病院まで来るのですか」と言われ、自宅に帰されました。