待ちかねた鑑定結果だとピンときた――と書ければ格好いいのだが、そこまで勘がよくはなかった。
なのに夜が明け、土曜から日曜へと日付が変わっても、心のざわめきが止まらない。それまでになかったことである。あの幹部の姿に心が反応している、と気づいた。
ようやく確認に動いたのは、確か日曜の夜だったと思う。
いい結果が出たようですね。それなりに確信を持って取材先に迫ると、「被害者の遺体と特定されたわけではない。それと矛盾はない、というだけだ」と返ってきた。そう書くと、ごまかされたと感じる方がいるかもしれない。だがDNA鑑定とはこうしたものなのだ。取材の蓄積と突き合わせると、これで十分だった。
「行ける」。上司に報告し、用意していた原稿を書き直して仕上げた。あの報告の場面から丸2日が経っていた。
さて、ここでようやく貴乃花が登場する。当時は2003年1月場所の真っ最中。調子のよくない彼がこの日敗れて即引退となれば、名古屋本社版の第1社会面右上に載るトップ、いわゆる「アタマ」がそちらになるのは自然な流れだった。
記者とすれば、まゆ毛に反応できるところまで神経を研ぎ澄ませてつかんだ特ダネはアタマにしたい。だが世間の感覚からすれば「殺し」だろうが「シャブ(覚せい剤)」だろうが、暴力団員が悪いことをするのは当たり前のこと。いくら「遺体なき殺人」が珍しかろうと、貴乃花に勝てるはずがない。
必死の応援もむなしく、貴乃花ははるかに格下の力士に寄り切られた。そのまま翌月曜の午後に記者会見し、引退を表明した。
私の記事が載ったのは、引退をめぐる騒ぎが一段落した火曜。念願のアタマだった。他社が鈍感だったことに感謝した。
あの日、不純な動機ながらも「今日だけは絶対に勝ってくれ」と心から声援を送った記者が名古屋にいたことを、大横綱が知るはずもない。そして、情報の出どころ探しに血眼になったに違いない例の幹部もまた、口を開かなかった自分のまゆ毛がヒントを与えた「犯人」とは気づいていないのだった。