忘れられないのが、未明に自宅のファクスが鳴る時の絶望感だ。

「プルルッ。ピー、ガガガガ……」と鳴り出す前になぜか一瞬、音のない周囲がさらにシンと静まり返る。ファクスからはき出されてくる荒い粒子の他社の特ダネのコピーを見て、このところの努力が無駄になったと思い知らされる。

 私は事件記者としても今ひとつだった。それでも特ダネをいくつか取れたのは、それによって将来が開けるといったことよりも、この音を聞くまいと付け焼き刃の努力を重ねたせいだろう。

 そんな四課担のころ、一つの情報が飛び込んできた。

 ある暴力団幹部殺害の罪に問われている被告の一部が、「もう1人、殺害されている」と当局の調べに供述している、というのだ。

 ところがやっかいなことに、最大の証拠である遺体がないという。詳しくいうと、いったん遺体を空き地に埋めたあと、そこに住宅が建てられると知って掘り返し、バラバラにちぎっていくつかの袋に詰め替え、別の場所に運んで燃やしたと供述している、という。

 警察はいぶかった。

 確かに供述は具体的だ。だが、刑が重くなる可能性が大きいのに、なぜ話しはじめたのか。反省したのならばいいが、途中で供述をひるがえすつもりではないか。そうなれば、元の殺人の立証にも悪影響を及ぼしかねない。決定的な物証が必要だ。

 警察は小さなかけらに望みをかけた。警察官が供述に基づき、空き地の土をふるいにかけたところ、遺体をちぎったときに散らばった骨片とみられるものが出てきたのだ。

 それを被害者のものと特定できるか。警察庁科学警察研究所のDNA鑑定がカギを握ることになった。

 さて大変なことになった。情報をつかんだ瞬間、喜びよりも不安に襲われた。「遺体なき殺人」は珍しいからニュース性がある。他社よりも早く書ければ特ダネだ。だがいま書いても、その後の鑑定結果によっては立件されないかもしれない。関係者から名誉毀損と訴えられた時、「供述したこと自体は事実だ」と反論してどれだけ通じるだろうか。

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