それなのに見返りを求めてしまうと、感情的に不満が溜まってきます。それは勉強法でも普段の生活でも同じです。

 だから公式戦で結果が出なかったときも、「これだけ勉強しているのになんで結果が出ないんだ」とイライラするようなことは少なかったように思います。まあ仕方がないのかな、こういうこともあるのかもしれないな、と淡々と受け入れていました。

 ただ現実的に白星が積み重ならなかったわけですから、「もしかしたら、棋士としてもう上には行けないかもしれない」と思ったことはあります。

 とはいえそのときも、「棋士として勝つことはとても大事だけれど、それだけが人生のすべてではない」と考えるようにしていました。

 自分なりに頑張って勝てないのなら仕方がない。プロ棋士になっている時点ですでにある程度は幸せなんだから、人生においては別の喜びを探してもいいんじゃないか、という考えです。

 プロ棋士は悠々自適に過ごそうと思えばできないことはありません。対局は多くても年に六十局程度で、勝てば勝つほど多くなります。それほど勝率が高くない棋士は二十局くらいでしょうか。もちろんプロ棋士は対局以外にも仕事はありますが、収入が少なくても構わないのであれば、のんびりとした生活を送ることは可能です。

 趣味を見つけて、対局以外ではそれをエンジョイするという生き方もある。そういうふうに気持ちを切り替えれば、人生を楽しむことは可能だと思うのです。「彼は昔は期待されてたんだけどね」という感じで周囲から見られて悔しい思いもするかもしれませんが、それは結果が出ていないんだから仕方がありません。

 そんな思いもあって、プロになって四年目くらいのときにピアノを習いはじめたこともありました。

 将棋だけに傾注して、そこでもし花が開かないときに何も残らないのは寂しすぎます。それに、修業時代は趣味を楽しみたいという気持ちを抑えながら勉強していた面もあったので、もう少し欲望を解放してもいいんじゃないかとも思いました。

 ただ、ピアノをはじめてからそれほど時を経ずに将棋の結果が出はじめたので、ちょっぴり不思議な感覚ではありましたが。