スーツ姿で漁港に立つ坪内知佳さん(撮影/写真部・馬場岳人)
スーツ姿で漁港に立つ坪内知佳さん(撮影/写真部・馬場岳人)
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坪内さんは、ときには漁師ととっくみあいの喧嘩もしたという(撮影/写真部・馬場岳人)
坪内さんは、ときには漁師ととっくみあいの喧嘩もしたという(撮影/写真部・馬場岳人)

結婚を機に地方に移住したシングルマザーが、ひょんなことから漁師の社長になった。漁師たちから「悪魔」と呼ばれながらも、なぜ漁師集団を一つにまとめ、成功できたのか? その波瀾万丈な道のりが『荒くれ漁師をたばねる力』として一冊の本になった。その中からエピソードを紹介する。

【ときには漁師ととっくみあいの喧嘩も…】

*  *  *

 細身のスーツに身を包んだその女性は、ピンヒールをはいたまま、こともなげに漁船に飛び移った。

 坪内知佳さん、31歳。山口県の沖合に浮かぶ萩大島の漁師集団「萩大島船団丸」の代表である。丸の内のオフィス街にでもいそうなスタイリッシュな雰囲気からは、とても荒くれ漁師を率いる女ボスには見えない。

 だがひとたび彼女が口を開けば、漁師たちとの間で荒々しい島言葉が飛び交う。

「それはいけんと言うとるやろが」「なにしよん。よお見てみいや」「あんたがせにゃあかんやろが」

 はたで聞いていると、まるで喧嘩だ。だが、彼らにとっては“普通の”会話だという。日に焼けたごつい男ばかりの中にいても、迫力と存在感では決して負けていない。初めて坪内さんに会った人たちは、彼女の見た目と実際のギャップに度肝を抜かれるばかりなのである。

 坪内さんが代表を務める「萩大島船団丸」は18人の漁師と6隻の巻き網漁船団からなる集団である。日本海で漁を行う萩大島の漁師たちで構成されている。その船団になぜスーツを着た若い女性のボスがいるのか。

 実は彼らは日本の水産業を復活すべく、新しい試みに取り組んでいる注目すべきチームなのだ。

「最近、サンマやシャケの不漁がニュースを賑わせていますよね。日本の近海では魚がどんどん減っているんです。このままでは漁業が成り立たなくなってしまう。危機感を感じた萩大島の漁師たちからコンサルを頼まれたのが、最初のきっかけでした」と6年前をふり返る坪内さん。

「萩船団丸」が取り組んでいるのは、萩の天然魚をブランド化し、自分たちで直接販売するビジネスだ。流通の簡略化をはかり、魚の単価をあげることで、漁獲量が減っても、高い収益を得ることをめざしている。

 坪内さんが担当しているのは、魚の販売先を開拓する営業と、漁師たちの収入を安定させるための事業の多角化である。

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