「私は他県出身ですが、この萩大島が大好きなんです。萩大島には豊かな自然と古き良き日本の伝統が残っています。私はこの島の自然と素朴な人たちにふれて、心身ともにいやされました。海とともに生きてきたこの島の暮らしを未来に残したい。そのためには島の漁業をすたれさせてはいけないと思い、この仕事を引き受けることにしたんです」
だが道のりはけっして平坦ではなかった。ただでさえ排他的な漁師集団の中に、よそ者の若い女性が入ったのだ。あつれきが起きないわけはない。とくに激しく対立したのは最年長、漁師たちを仕切る立場の長岡秀洋さんだった。
「彼女とは何度とっくみあいの喧嘩をしたかしれません。最初は若くて、きれいで天使のようだと思ったのに、一緒にやり始めたら、頑固で、強くて、絶対に自分の考えを曲げない。恐ろしい悪魔でした(笑)。もう俺らでやるから、よそ者は出てってくれと追い出したこともあります」
それが船団に語り継がれる“涙のA4事件”である。泣いたのは坪内さんではなく、長岡さんのほうだ。
「わしらに『出ていけ』と言われたとき、彼女は黙ってA4の紙1枚を置いていきました。それは、彼女が大阪の町を足を棒にして歩き、飛び込み営業で開拓した顧客先のリストだったんです。どんなに苦労して客先を開拓したのかと思ったら、泣けて泣けて。わしらのほうから彼女に詫びをいれて、代表に戻ってもらいました」
そこまで激しくぶつかるのは、坪内さんも漁師たちも漁業の未来を真剣に考えているからである。目的はひとつ。――日本に豊かな海を取り戻すこと。
だからこそ、激しい対立があっても、再び結束できる。今、漁師たちは坪内さんを中心に強い絆で結ばれている。
「みんなそれぞれ色や形やサイズが違う歯車なんです。みんな違ってそれでいい。自分の場所で精一杯歯車を動かせば、それが隣の歯車に伝わって、やがて大きな何かを動かす力に変わっていきます。大切なのは、どんなに小さな歯車でも動きを止めないことです」
そう語る坪内さんの笑顔がまばゆい。
日本の片隅に浮かぶ小さな島「萩大島」。島の漁師たちと一人の若い女性が始めた歯車のムーブメントはやがて日本の水産業全体を変える大きなうねりへと変わっていくのかもしれない。(文/辻由美子)