次に挙げたのは、バラードナンバーの「Forever you」。
「真実を切々と歌う曲です。ソナタ形式でね。Aメロ→A'メロ→サビ→Aメロ→間奏→サビ→Aメロという構成です。この30年くらい、日本のポップシーンのヒット曲の多くが、Aメロ→Bメロ→サビという構成ですが、その定型をいい意味で裏切った。新鮮でした。そして主人公が過去に思っていたこと、迷っていた体験は間違いじゃないという内容の歌詞も、歌い方も坂井さんの思いがこもっているし、演奏も全部が好きです。この思いはファンの方にも伝わっていたと思います。坂井さんがこの世を去った後に行った追悼ライヴでは、見に来てくださった皆さんが一音一音、一語一句を感じるようにサイリウムを振ってくれました」
寺尾氏があげたもう1曲、「Today is another day」には特に思い出がある。
「2004年に1度だけ行ったツアー『What a beautiful moment Tour』。大阪のリハーサルスタジオでバンドだけで入念にリハーサルをしました。2月下旬に坂井さんにも大阪に来てもらいましたが、数曲のリハを一緒にしただけでした。そして後はバンドだけでリハーサルをしているのを坂井さんは見ていました」
リハーサルが終わった後、坂井さんから「寺尾さん、『Today is another day』が好きなんですか?」。
唐突な質問だった。
「なんでですか?」
「この曲の時が一番楽しそうでした」
曲に合わせて体を揺らす寺尾氏の姿を坂井さんは見ていたのだろう。
「ライヴで映える曲なんですよ。失恋を歌っていながらも、坂井さんが生で全開の声で歌うと、前向きになろう!という気持ちになる。とても共感できます。思い出深い曲です。ちなみに坂井さんはバンドとのリハーサルはその時だけで、あとは自分で練習していていました」
■『森のくまさん』みたいと体を揺らす
坂井さんがこの世を去って10年経ってなおZARDの曲が多くのリスナーに支持されている理由を寺尾氏はどう考えているのか――。
「まず作品、特に歌詞、そして歌声。そしてその完成を目指す坂井さんの集中力と音楽への執着力でしょう。スタッフみんながOKを出しても、自分が納得しない限りは絶対に譲りません。そして、たとえ完成度が高くても、納得できなければ全部バラしてゼロからやり直す勇気も持っています。さらに、これは関係者全員が感じていることだと思いますけれど、自分が歌いながらも、坂井さんは常にリスナー目線の判断を大切にしていました」
例えば、人気アニメの劇場版『名探偵コナン 水平線上の陰謀(ストラテジー)』の主題歌となった「夏を待つセイル(帆)のように」の曲を選ぶ打ち合わせの時のこと。長戸プロデューサーのもとに集まってきたデモ音源の中で、坂井さんが大野愛果さんのデモに反応した。