初期は、坂井さんが歌い、寺尾氏がテイクを選び、エンジニアの島田勝弘さんがつなぎ、坂井さんがさらに選ぶ……という役割分担だった。
「でも、1992年の4枚目のシングル『眠れない夜を抱いて』から3枚目のアルバム『HOLD ME』のあたりで、ZARDのイメージや方向性をその時のディレクターや関係スタッフみんなが共有できてきた。サウンド面でも、ビジュアル面でも。サウンドに関しては、『TODAY IS ANOTHER DAY』以降、坂井さんのセルフプロデュースになり、やがてボーカルダビングは、彼女と島田さんの2人で進めるようになりました」
この「HOLD ME」によって、ZARDはアーティストとしてのステージを上げた。
「デビュー時は坂井さんのロック性や、セクシーな声質も意識しながら制作していたけれど、『HOLD ME』からは明るいサウンドになっています。失恋を歌う切ない歌詞でも、曲は明るい。それがリスナーに受け入れられました。『負けないで』が売れる前で、ZARDの知名度はそれほどでもないにもかかわらず、最終的にミリオンヒットになりました。あそこで全員が自信を深め、ZARDの方向性も明確になりました」
坂井さんが書く歌詞の自由度も増した。
「ZARDの曲は、そのほとんどはZARDのために書かれたものではなく、長戸プロデューサーのもとに届いたデモ音源から選ばれます。だから、坂井さんは、作曲家とは基本的に会っていません。作曲家に会うと、その人を尊重したり、気を遣ったりして、その気持ちが歌詞に影響します。必要以上にメロディーに合わせようとして言葉を選ぶかもしれません。それを長戸プロデューサーは避けようとしたのでしょう」
ZARDの音作りに携わっていた寺尾氏が特に好きだったZARDの曲は「心を開いて」。
「サウンド面では、池田大介さんのアレンジとアンディ・ジョーンズのミックスが素晴らしかった。ドタッ!というドラムスから始まるイントロは、コンピューターの打ち込みで作っていますが、まるで生のドラムスのようです。その後に入ってくるピアノも好き。サビもエンディングも好きです。ZARDはサビのアタマにタイトルが入っているケースが多いんですよ。『負けないで』も『揺れる想い』も『きっと忘れない』も『あなたを感じていたい』も『こんなにそばに居るのに』も。でも、『心を開いて』のタイトルは、終盤にちょっと歌われるだけ。どこにでもありそうな日常、何でもないような風景を切り取って歌詞にしてしまう才能は素晴らしい。この歌、僕は最初、主人公が恋人に向かって、『心を開いて(ほしい)』、と思っているのだと思いました。ところが、素敵な男性と出会って、閉ざしていた自分の心が今度こそ開いてほしい、と歌っていると気づいて、胸が震えましたね」