さまざまな思いを抱く人々が行き交う空港や駅。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界の空港や駅を通して見た国と人と時代。下川版「世界の空港・駅から」。第27回はロシアのベラルーシ駅から。
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ロシア人は鋭い発想力をもっているのか、ただの思いつきが好きなのか……ときどきわからなくなる。モスクワには、9つのターミナル駅がある。レニングラーツキー駅、ヤロスラフスキー駅、ベラルースキー駅、キエフスキー駅、カザンスキー駅などだ。
東京でいったら、それぞれが東京駅、新宿駅、渋谷駅……といった具合になっているのだが、駅名の由来を聞いいて、「なるほど」とうなづいてしまった。
列車の目的地が駅名になっているのだ。
2年前、モスクワからサンクトペテルブルクに行った。レニングラーツキー駅から列車に乗った。サンクトペテルブルクの旧名はレニングラード。レニングラーツキー駅は「レニングラードの駅」という意味になる。わかりやすかった。目的地が決まれば出発駅が決まるのだ。
しかしモスクワに滞在すると、なんだか駅と街が遊離しているような気になってくる。考えてもみてほしい。モスクワにレニングラーツキー駅があるということは、東京に大阪駅があるということなのだ。上野駅は青森駅になる。列車に乗るときだけわかりやすいが、街の暮らしのイメージが湧かない。
モスクワの駅はただでさえ覚えにくい。「スキー」や「スカヤ」などがしつこいぐらいについてまわる。
しかしそれ以上に混乱するのが、目的地名を駅名にするというルールが破綻してきていることだった。1日に列車が1本といった時代はよかったのかもしれないが、いまのモスクワは、時間帯によっては10分単位で列車が発車する。
今年もシベリアから列車でモスクワに着いた。到着したのはヤロスラフスキー駅だった。シベリアを走る長距離列車はこの駅を使うことが多い。しかし駅名は、ヤロスラヴリ方面への列車が発着したことからつけられたという。ヤロスラヴリはモスクワから列車で4時間ほどの距離の街である。どういう経緯でこの駅がシベリア方面への長距離の発着駅になったのかは詳しくない。駅名にこだわっていたら、増える列車をさばくこともできなくなったことだけはたしかだ。