スタッフがスマホを操作したのだろう、耳元から「じゅうううう」という肉を焼く音が聞こえ始める。そしてスタッフは記者の右手に細く、硬いものをつかませた。フォークのようだ。導かれるままに、その先端をゆっくりと口に運ぶ。いよいよステーキの実食である。
口のなかに柔らかく、温かなものが入り込んできた。
不思議な感覚だった。何度かそしゃくすると、とにかく柔らかいことに驚く。もしかして生肉なのでは? と不安になるほどだ。しかし、肉の熱と焦げ目のざらざらした食感が、それが錯覚であることを告げている。味付けは塩のみとシンプル。だからこそ肉の甘みが際立ち、目隠しとヘッドホンの効果なのか、そしゃくを進めるとうま味がどこまでも広がっていく。
もうひとつ気づいたことがある。目も見えず耳も聞こえない状況では、食べるのがとてもゆっくりになる。周囲の状況がわからないため、慎重になるからだろう。記者の場合、肉一切れを食べるのに1分以上かかったが、だからこそ肉質を純粋に味わうことができた。
続いて、目隠しとヘッドホンを外して食べるように促された。
レアに焼かれ、脂で輝く赤色の肉を口に放り込む。驚いた。柔らかい食感に変わりはないが、目隠しのときとは明らかに味わいが違うのだ。肉の見た目で「こんな味だろう」と思い込んでいるからかもしれない。そしゃくする速度も前に比べ早くなる。時間にして30秒ほどで食べ終えた。同じ肉のはずなのに、味気ないように感じてしまう。
視覚の有無で大きく変わる肉の味わい。まさに未知の体験だが、なぜこのようなコンセプトのレストランをつくろうとしたのか。同店のオーナーで株式会社フードイズム代表取締役の跡部美樹雄氏はこう話す。
「弊社は通常のステーキ店も経営しているのですが、ある時ステーキを目をつむって食べてみたら、さらにおいしく感じることができたんですね。これをお客さまに体験していただければ、食事がさらに楽しいものになると考えました」
"目隠しレストラン"というととっぴな印象を受けるが、提供されるステーキのクオリティーに妥協はない。「肉好き」を自認する人でも、きっと満足のいく食事ができるはずだ。
「旬熟成 GINZA GRILL」ではランチとディナーを提供しているが、「目隠しステーキ」を体験できるのはディナーのみ。コースは8000円からで、14000円のコースで「目隠しステーキ」を味わえる。ややお高いが、目隠しとヘッドホンがあれば家庭でも同様の体験はできるので、興味がある人は試してみるのもいいだろう。(取材・文/ライター・河嶌太郎)