著書『蜂蜜と遠雷』(幻冬舎)で見事2017年本屋大賞に輝いた恩田陸さん。同作はすでに、第156回直木三十五賞を受賞しており、史上初のW受賞という快挙となった。そんな恩田さんの最新刊『錆びた太陽』(朝日新聞出版)は、原発事故がモチーフとなっている作品だ。この作品の構想の出発点はどこにあるのか? 恩田さんがその思いを「一冊の本」に寄稿してくれた。
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チェルノブイリ原発事故から30年。ヨーロッパの技術者が集結して、「石棺」を覆うシェルターを造る工事のドキュメンタリーをTVで観た。
あの「石棺」は、当時急ごしらえの応急措置だったため、急造した脆(もろ)いコンクリートで補強もろくにされておらず、30年経った今、いつ崩壊しても不思議ではない状態。もし崩壊すれば再びヨーロッパに核汚染物質が飛散してしまう、という危機的な状況だったらしい。
石棺から300メートル離れた場所でドーム形の鋼鉄のシェルターを作り、ゆっくり移動させて石棺の上にぴったりかぶせるという方法を取ったのだが、ウクライナは自然環境が厳しい上に被曝を最小限にするため作業時間も限られる、たいへんな難工事となった。
なんとか無事に工事は完成するが、これもまた一時的な処置に過ぎず、これからシェルター内部でロボットアームを使って石棺を解体する工事が始まるという。現時点での総工費、既に2500億円。
番組では欧州の叡智を結集したプロジェクトを讃えていたが、私がこの番組を観て頭に浮かんだ一言は「徒労」であった。
数年前のことになるが、江田島の海上自衛隊の士官学校を訪問して、戦争記念館を見学したことがある。
第二次大戦中、どこでどの軍艦が沈んだかが世界地図にマッピングされているのだが、私はその地図を見ていて、眩暈(めまい)を覚えた。それこそ太平洋戦争の名前通り、太平洋のあらゆるところに出かけていって海の藻屑になっていることに衝撃を受けたのだ。
が、ちょっと待てよ、太平洋戦争ってそもそも日本が石油の補給を断たれたことから始まったんじゃなかったっけ? 石油を確保するために、こんなにわざわざ遠くまで出かけていって、さんざん燃料を使ったってこと?