再び深夜審査が待っている。北京からモスクワに向かう列車は国際列車仕様で、4人ひと部屋のコンパートメントになっている。そこに座っていると、審査官が現れる。入国審査同様、モンゴルの手続きはいたって簡単で、淡々としたものだ。

 列車はゆっくり進み、ロシアに入国する。最初の駅、ナウシキ駅。そこで行われるロシア入国審査はモンゴル側とはまったく違う。いかめしいコートを着た審査官が威嚇するような目つきでパスポートを回収していく。車内に張りつめた空気が漂う。そして荷物検査。大型犬を連れた審査官が車内に乗り込んでくる。頑丈そうなブーツを履いたまま寝台のシーツの上にあがり、上段や棚に置かれた荷物を乱暴に開け、なかをまさぐる。カメラマンの機材をベッドの上にすべて出し、そのままにして、ほかのかばんを調べたこともあった。

 北の大国の洗礼は、乗客に無言を強いる。

 抗議できない威圧が車内を支配する。

 これまでの2回は、いつも真冬だった。外は気温がマイナス10度を下まわるシベリアである。窓越しに眺めるホームは雪で覆われ、そこを歩く審査官や兵士の姿を、オレンジ色の灯が映しだす……。

 ロシアの洗礼を受けたくなかった? そんな気もするが、今回の旅では、モンゴルの最後の街、スフバートルで列車を降りた。車で国境を通過し、ロシア側のキャフタ。そこからさらに車でナウシキの街に出た。盆地にある小さな街だった。雪が積もった駅前の林では馬が草を探していた。近くの教会ではバザーが開かれていた。優しい味の蜂蜜を塗ったパンケーキを頬張りながら駅舎を見る。

 シベリアの田舎風のこぎれいな建物。

 その向こうで繰り広げられていたロシアの洗礼とこの駅舎が、どうしても結びつかなかった。

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(隔週)、「たそがれ色のオデッセイ」(毎週)、「東南アジア全鉄道走破の旅」(隔週)、「タビノート」(毎月)など

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