鈴木敏夫さんと蔦屋・半谷さんの対談の様子
鈴木敏夫さんと蔦屋・半谷さんの対談の様子
蔦屋で再現した鈴木敏夫さんの本棚
蔦屋で再現した鈴木敏夫さんの本棚
鈴木敏夫さんの書斎は秘密基地のよう。書棚のあちこちにお茶目な小物も配置され、
鈴木敏夫さんの書斎は秘密基地のよう。書棚のあちこちにお茶目な小物も配置され、"向こう側の世界"へと誘ってくれる
AERA 2014年8月11日号 ジブリがアエラにやってきた
AERA 2014年8月11日号 ジブリがアエラにやってきた

鈴木敏夫トークショー
2014年8月18日午後7時半~
@代官山 蔦屋書店

【トークショーで紹介された書籍リスト】

 AERA8月4日号の鈴木敏夫特別編集長号で鈴木さんの読書歴を特集し、それがきっかけで実現した代官山 蔦屋書店とのコラボ企画。実際、書店内に鈴木さんの本棚を再現し、8月18日にはトークショーも開かれた。予定の1時間を40分もオーバーする鈴木さんのサービスに、訪れた人も大いに盛り上がった。聞き手は代官山 蔦屋書店のコンシェルジュ、半谷佳正さん。トークショーの模様を再現する。

■AERAに騙された!?

半谷:いま蔦屋書店で8月いっぱい開催している「鈴木書店 鈴木敏夫を作った100冊」フェアでは、鈴木さんがこれまで読んでこられた約4000冊から、特に思い入れが深く、いま実際手に入れられるものを並べています。分野としては(1)「アサヒ芸能」記者時代(2)(知の巨人ならぬ)知の中日(3)落語的(4)物語世界(5)男子校的教養という5ジャンルに分けられるんじゃないかと。これ、もともとAERA編集部の無類の本好きの小柳さんという記者さんが、しぶる鈴木さんを口説き落として実現した企画なんですよね。

鈴木:僕ね。騙されたんですよ(笑)。8月4日発売の僕が特別編集長を務めたAERAで、「鈴木さんの本箱を紹介したい」と聞いた瞬間は「えーっ」と思ったんですよ。ところがこう言われたんです。「どこにどの本が置いてあるかわかりますよ」と。僕は自分の本が何冊あるのかもまったくわからなかったから、それを前向きにとらえまして。データベースができるならうれしいな、と。最初は編集部から「100冊に絞ってくれ」と要望されたんだけど、332冊にもなっちゃって。雑誌でそれを全部紹介したら6ページになると。僕はね、反対したんです。せっかくいろんな方にご協力願って雑誌ができているわけで、僕の本棚だけで6ページ使うのは絶対もったいないと。そうしたら編集長から「じゃあ、332から100を引いたら」と提案された。でも、まだ4ページもある。

半谷:上野千鶴子さんとの対談よりも長くなったんですよね。

鈴木:僕はね、上野さんとの対談をもっと長くするべきだと思ったんですよ。それは編集長に大きく言いたい。ここに浜田編集長がいますけどね(笑)

半谷:(32冊を選んだ)選書会議の模様は、ラジオ番組「ジブリ汗まみれ」で8月3日放送されましたので、この苦労呻吟たるところはぜひともPodcastで聞いて下さい。

■初記者仕事は舟木一夫自殺未遂事件

半谷:ところできょう鈴木さん、雪駄履いていらっしゃいましたけど、そこの話からきいてもいいですか?

鈴木:そんな話から?(笑)

半谷:宮崎吾朗監督の映画「コクリコ坂から」で、港南高校の部活棟「カルチェラタン」が立て壊されるということで、理事長に直談判しに徳丸書店という出版社に行きます。4階の社長室に雪駄履きの社長がいるんです。あのモデルは徳間書店の徳間康快さん?

鈴木:僕が大学を卒業した1972年。僕らが出版社に入った頃は、出版社っていわゆる就職先としてあんまり人気があったわけじゃないんです。最近は違うみたいだけど、僕らの頃、出版社ってあんまりまともな人がいく会社じゃなかったんですよ。

半谷:新聞社と比べてですか?

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