今でこそ多くのファンが定着したパ・リーグだが、人気が一気に盛り上がった1988年の“10・19決戦”(近鉄vsロッテ)以前は、ほとんど無観客に近い試合も珍しくなく、“暗黒の時代”が続いていた。
【ファンが選んだ平成で最もカッコいいバッティングフォームはこの選手!】
当時をよく知る元審判の一人は、次のように回想する。
「近鉄の本拠地だった日生球場は、ライトスタンドに賭け屋ばかりいた。1球1球、審判の判定に、ものすごく文句を言うんです。球場が狭くて、スタンドが近いから、言ってることが全部聞こえる。小学生ぐらいの子供のヤジもきつくて、選手とか審判とか関係なしに『おっちゃん、やめちまえ!』とか。賭け屋の息子かな?と(笑)」。
そんな日生球場で、ノーアウトから5連続安打で無得点という賭け屋もビックリの珍事が起きたのが、63年8月14日の阪急vs近鉄だ。
1回、阪急は先頭のバルボンが右前安打で出塁したが、次打者・岡嶋博治のときに二盗失敗。岡嶋は二塁左を抜く安打を放ち、3番・戸口天従も左前安打で続く。ところが、三塁を欲張った岡嶋がレフト・土井正博の返球に刺されてしまい、2死に。
だが、4番・中田昌宏の中前安打で2死一、二塁とし、5番・早瀬方禧(まさよし)も中前安打を放つ。ところが、本塁を突いた二塁走者・戸口がセンター・山本八郎の返球に刺され、無念のスリーアウトチェンジ……。先頭打者から5連続安打を記録しながら無得点という珍事は、戦前の37年10月27日にイーグルスが金鯱戦で記録して以来で、2リーグ制以降は初めての不名誉な記録だった。
初回の拙攻が祟った阪急は、3対8と完敗。自ら三塁コーチを務め、走者がタッチアウトになるたびに天を仰いでいた西本幸雄監督は「新記録だろう? 2度目だって? 恥ずかしいことだが、安心したよ」となかなか味のあるコメントを残している。
ちなみにこの試合の観客数は2500人と発表されているが、数百人ではカッコがつかないので、水増しは半ば常識だった。